ララ・オルコット

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「灰色の毛糸。それから、編み棒にとじ針……。うちにあるけど、……店が指定されてるから、新しく買った方が良いわね」  フィーネは渡された紙を見ながらつぶやいた。  賑わう市場には、食料品や日用品はもちろんのこと、少し高価な物を扱う店もあった。小さな魔石を埋め込んだアクセサリーがその例だ。  魔石はマナが結晶化したもので、大きさや天然物かで値段が変わる。  魔石は人工の物もあるが、小さなものしか作ることができない。さらに、同じ大きさの天然物に比べて効果も低い。製造できる者は魔法師団のごく一部の精鋭たちだけであるため、天然物よりは低価格で売られているもののやはり高価だ。  ここで売られているものは人工物であるだろう。価格もだが、魔石に輝きが足りていないとフィーネは感じた。 「もう少しかしら」  紙には大まかな地図も書いてある。フィーネはここで買い物をしたことはないが、迷わずにたどり着けそうだった。  ネコが誰かの落とし物を咥えて歩いていく。フィーネはそれとすれ違うように逆方向へ行った。 「お、あったあった」  目的の店には、布や針などの手芸用品が揃っていた。もちろん、編み物に関する商品も並んでいて、編み棒だけで何種類もある。  フードを脱いで店に並んだ商品を眺める。  店主を含め周りの何人もが、その時息を飲んでいた。しかし、彼女はそれに気付いていない。 「すみません、これらが欲しいんですけど」  置いてある物が多すぎて、ララがどれを欲しているのか分からなかったフィーネは、諦めて店主に紙を見せた。店主は「はいよ」と、商品を出してくれた。 「これから編み物を始めるのか?」 「ええ、まあ」 「そうか。じゃあできたら見せてくれよ」  気前の良い店主で、青い毛糸をおまけしてくれた。 「ありがとうございます」  再びフードをかぶると、フィーネは店を後にした。  ……しようとした。 (っ!)  フィーネは誰かにぶつかった。その衝撃で地面に倒れる。 「わ、すみませんっ!」  フィーネの上から降ってきたのは、男の声だった。 「いえ。大丈夫です」  フィーネが顔を上げると、男は心配そうに彼女を見ていた。男は短い茶髪で、背は平均とそう変わらない。  男が手を差し出した。フィーネは一瞬迷ったが、その手を取って起き上がる。 「本当にすみません」 「いえ。本当に大丈夫ですので」  フィーネは笑顔で答えるが、フードをかぶっているため男には見えていない。 「あ、あの、この状況でこんな質問、していいのか分からないのですが……」  男は不安そうに口を開く。 「何でしょうか」  フィーネが聞き返したため、少し安堵しつつ続きを話し出した。 「ここら辺で、息子を見ませんでしたか?」 「子供は見ていませんね。お役に立てず申し訳ありません」 「いえ。ありがとうございます。それと、本当にすみませんでした」  男はペコペコとしながらフェードアウトしていった。 * * * 「戻りました! どうぞ」  少し息を乱しながら、フィーネはクロッツへと帰ってきた。 「ありがとうございますー!」  買い物を終えて、ゲートで森に出たフィーネは、クロッツまで走ったのだ。  ララはほぼ引ったくるようにして、荷物を受け取る。  フィーネは、ララが物を確認している時間で、洗面所に向かう。冷たい水に小さく悲鳴をあげながら手を洗い、足早に戻ってきた。 「……すごい…………」  ララは最初に案内した椅子に座り、早速作業に取りかかっていた。ものすごい早さで毛糸が編まれていく。  しばらくその手捌きに見入った後、フィーネはキッチンへ行く。そして、ポット型の魔道具を手に取った。  魔道具は、個人の力量に左右されない、誰でも扱える便利な代物。用途に合った属性の魔石が埋め込まれている。  こういった家事で使うような魔道具の魔石は、それなりの大きさのため、魔道具は全体的に高価だ。  だが、手入れをすれば長く使える。長い目でみれば、優しい値段になっているのかもしれない。  水を入れると、ポットに埋め込まれた赤い魔石が輝き出した。水は数分で湯に変わるだろう。  次に、戸棚から茶葉と茶菓子を出す。  茶菓子は先日焼いたスコーンだ。そのスコーンを、赤い魔石が埋め込まれたオーブンへ入れて温める。  ララは物音がしても、部屋に良い匂いが充満しても、手を止めることはなかった。 「ララさん、紅茶とスコーン、ここに置いておきますね。休憩時に食べてください」 「ありがとうございます」  返事はするものの、顔は手元に向けたままだった。  その様子を見て、フィーネはフードを被る。 「すみません、もう一度出掛けてきます」 「分かりました」  フィーネは再び森へと歩き、ゲートで町へ向かった。
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