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「お、いたいた」
しばらく市場の通りを歩いていると、フィーネは五、六歳くらいの男の子が一人でいるのを見つけた。毛糸の手袋を着けている。キョロキョロと何かを探しているようだ。
「ねえ、君。何を探してるの?」
話しかけると、男の子は振り向いてフィーネを見た。
フィーネはフードを脱いでおり、彼女の美しい笑顔を見て男の子はすぐに心を開いた。
屈んで、男の子と目線を合わせる。
「ぼうし。落としちゃった」
今にも泣きそうな顔だった。声も震えていて、必死に我慢していることが分かる。
「ママからもらったもの?」
「うん」
男の子はうなづく。予想通りだった。
「そっかあ。それなら、私も一緒に探してもいい?」
「いいの……?」
男の子の目は期待に満ちていた。帽子に相当の愛着があるのだろう。
「ええ。良いわよ」
フィーネは男の子の頭を撫でて、立ち上がる。
「名前は?」
「テオだよ」
「テオくん。いい名前ね」
フィーネはニコッと笑って手を差し出した。
「私はフィーネ。行きましょうか」
「うん!」
テオは少し元気を取り戻したようだ。
二人は手を繋いで道を進む。テオの歩幅に合わせているので、速度は遅い。
「お姉ちゃんは、ぼうしがどこにあるか知ってるの?」
フィーネはテオを誘導するように歩いている。これに気付くとは、彼は年齢の割に賢いようだ。
「うーん。実は、こっちの方かな? っていう感じがするだけなの。もしかして、こっちはもう探した?」
「ううん、まだだよ」
「じゃあこっちに行ってみましょう? 私の勘、結構当たるのよ」
「分かった!」
テオはフィーネに笑顔で返事をした。
「!」
(いた)
さらに歩くと、フィーネが探していたものが姿を現した。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「テオ、ちょっと走るわよ」
「う、うん! 分かった!」
二人は、走るそれを追いかける。人と人との間を縫って、見失わないように。
それはしばらくの間まっすぐ走っていたが、突然左に曲がった。二人もそこまで走って足を止める。見ると、左は路地になっていた。
路地は薄暗く、人通りもない。普通なら入るのを躊躇うだろう。
「ここ、入るの?」
テオは不安そうだ。
「大丈夫よ。私がいるわ」
フィーネはテオの手を握り直す。二人は薄暗い路地に入った。
「お姉ちゃん……! ぼくのぼうし!」
「ええ。思った通り」
物陰には、ネコが三匹いた。親と産まれたばかりの子が二匹だ。餌付けされているのか、二人が近付いても少し警戒するだけで攻撃はしてこない。
「お母さんは頭が良いのね。どうすれば暖かくなるか、ちゃんと分かってる」
子ネコは、毛糸の帽子に入っていた。二匹入るのにちょうど良い大きさで、とても暖かそうだ。
フィーネは屈んでテオを見た。
「テオ、どうする?」
「……」
幼いながら、彼は精一杯悩んでいる。母からもらった大切なものを手放したくはない。でも……。
しばらくして、テオはフィーネを見つめ返し、言った。
「ぼくのぼうし、ネコちゃんにあげる!」
その目には涙が溜まっていた。
「そっか! よく決断したね!」
フィーネはテオを抱き締めた。
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