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テオ・オルコット
「その棚の中も頼むな」
「分かった」
テオと父親は、家の大掃除をしている。かれこれ一刻半は経過し、そろそろ疲労が溜まってきたところだ。
母を亡くしてから十四年、テオは二十歳になっていた。もうすぐ結婚し、家を出る。この大掃除は、荷造りのついで、というわけだ。
「お義父さん! これはどこに置きましょうか!」
パッと顔を出したのは、テオの未来のお嫁さんである。ハツラツとした女性で、彼とは同い年だ。
彼女は、テオの父に洗った花瓶をどこに置くかを尋ねた。
「俺が持ってくよ。父さん、元にあったところで良い?」
「ああ、頼む。……すまないな。嫁さんまで引っ張り出しちゃって」
「ほんとだよ」
テオはからかうように、肯定の言葉を言った。父も小さく笑って返した。
「いえ! 家族の一員になれた気がして嬉しいです!」
彼女はその言葉を否定した。
二人は呆気に取られている。
少しして、口を開いたのはテオだ。
「何言ってんの、もう家族でしょ。あ、これ置いてくるから、あの棚の中整理しててくれる?」
「…………」
彼女は赤面し、呆けている。
「? おーい」
「あ、うん!」
テオが彼女の顔の前でひらひらと手を振ると、やっとこちらに戻ってきたようだ。彼女は赤面したまま返事をした。
父は、息子たちのやり取りをニヤニヤしながら見ている。二人には気付かれず、その顔に対し突っ込みを入れられることはなかった。
テオは花瓶を受け取ると、二階へ登る。
「さーてと」
彼女は言われた通り、棚の整理を開始した。物が種類分けされておらず、乱雑に入っていた。目につくもの全て、ここに入れてしまっているのかもしれない。
「要りそうなものとそうでないもの、私が分けても大丈夫ですか?」
「いいよ。よろしくね」
父から許可を得ることに成功した。
彼女は断捨離が得意分野である。手際よく仕分けし、棚の中身はどんどん減っていく。
「これは……手紙? ……うーん、にしては小さいな」
しばらくして、奥の方でくしゃくしゃになった紙を見つけた。ゴミかと思ったが、それにしてはおしゃれな紙だった。
「……メッセージカードか!」
取り出して開いてみると、そこには短い文が書かれていた。綺麗な文字だった。
「デカい声出してどうしたんだよ」
テオが戻ってきて、彼女のそばに寄ってきた。花瓶を置くだけにしては遅い戻りだった。きっと、何か思い出の品を眺めていたのだろう。
「テオ! これさ、お義母様からのメッセージカードでしょ!」
「メッセージカード?」
テオは差し出された紙を見る。
「……ああ。これは、マフラーをくれた人が書いてくれたんだ」
思い出すのに時間がかかったものの、テオは何年も前に一瞬だけ見たこの紙を覚えていた。
今の今まですっかり忘れていたが、それを加味しても上出来だ。
「え、毎年巻いてる灰色の?」
「うん」
「え! あれお義母様が作ったやつじゃないの?!」
「う、うん」
彼女の反応にまずいと焦りつつ、しかしながら彼女を納得させるには真実を話すしかない。
「十何年も前だからあんまり思い出せないけど、確か……、野良の子ネコに帽子をあげたから、その代わりとして誕生日に……。マフラーを巻いてなかったから、その人は俺がマフラーを持ってないと思って、それを選んだんじゃないかな……」
「十何年も前のことをそこまで覚えてるなら、それはそれは印象的な出来事だったんでしょうね」
案の定拗ねてはいるが、これは昔の話である。まして子供のときの話だ。今さらどうにもできない。
「いや、そういうことじゃないって。その人はその時もう大人だったし」
それについては彼女も理解している。じゃれあいの範疇だ。
「……これさ、なんて書いてある?」
彼女は文字が読める。テオは、彼女のこういった博識な部分にも惚れ込んでいた。
「うーんとね、『お誕生日おめでとう。大人になっても使えるように、今度は赤じゃなくて灰色と青で作ってみたよ。気に入ってもらえたかな?』……って書いてあるけど。テオくんマフラー巻いてたんじゃない?」
「「え?」」
遠くから聞いていた父も驚いていた。
「本当にお義母様じゃないの?」
彼女に再度そう問われ、不思議と腑に落ちた。
「……そうだな。あの人はきっと、……母さんから頼まれて、届けてくれたんだな」
その後、父と息子は、文字を眺めながら懐かしむように泣いていた。
それを見て彼女は父を思い出し、彼女もまた、涙を流すのだった。
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