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日常
「フィーネ、ちょっとこっちに来て」
男はウッドデッキの方を見て、フィーネを呼んだ。
「なに?」
ロッキングチェアに座るフィーネは、体を起こしてローテーブルにあるカップに手を伸ばしていた。しかし、男に呼ばれたため意識はそちらへと移り、自然と手を引っ込める。
フィーネは立ち上がると、ウッドデッキ横の階段を降りて、庭の手入れをしている男の近くまで歩いた。
「見て」
男が見せたのは、木に咲いた白い花だった。
「かわいい花ね」
「そうでしょ。レモンの花だよ」
「レモン? こんなに背の低い木だったかしら」
フィーネの記憶しているレモンの木は、もう少し背丈があった。
「本来はもっとあるよ。これは、低くなるように育ててるんだ」
この木は剪定をしており、普通のものより低い。管理や収穫がしやすくなっている。
「果実が採れたら、レモンティーを作ろう。ああ、そのためにレモンと合う茶葉を買わないとね」
「そうね。渋みが出ちゃうから」
「うん。それから、レモンケーキも焼こうかな」
「……酸っぱくならない?」
「蜂蜜で漬ければいいさ。酸っぱいのも美味しいだろうけどね」
男は視線を森に動かした。
「その頃には、森の花もきれいに咲いているはずだ」
フィーネはもうすぐ来る春の森を想像した。
「花はそこにあるだけで美しい。誰にも見られなかったとしても」
「……うん。私もそう思う」
フィーネは微笑み、レモンの花を見つめる。この花が、たくさんの命を繋ぐのだ。
男も優しく微笑み、隣の愛しい人を見る。
「あ、ねえ。そろそろお昼じゃない?」
フィーネは花から顔を離し、男に話しかけた。
「そうだね。何を食べたい?」
「お肉」
「うーん、そうだな。今日は湖で釣った魚を焼こうかな」
「ちょっと、聞く意味ないじゃない」
その日の昼ごはんは、白身魚のムニエルだった。
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