シチナ・ランプロス

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 ドアの前にいたのは、優しい雰囲気の老婦人だった。気品に溢れ、美しい。若い頃はどんなだったのだろう、とフィーネは想像した。  ディアンも遠目で老婦人の姿を見る。美しいがフィーネさんには劣るな、と非常に失礼な感想を抱いたのだった。  その後すぐ、そんな感想を抱いた自分に失望し、誤魔化すように茶を飲んだ。  老婦人は何が起きたのか分からず、混乱しているようだ。 「何が起こったの? いつものように入れなかったわ」 「驚かせてしまいすみません。この家と庭は、魔法がかかってるんです」 「あら、そうだったのね。私は大丈夫だから、気にしないで。……あら、すごい美人さん」  老婦人はそう言って優しく微笑んだ。  この魔法で、稀に不機嫌になってしまう客もいる。なので、彼女の反応はフィーネにとって、とてもありがたいものだった。    ディアンが座っていた椅子へ案内し、先程のお茶を淹れた。もちろん、淹れなおした。 「とっても嬉しいわ。お茶を飲むのも久しぶりなのよ。……美味しい! このお茶は初めて飲むけれど、どこの茶葉なのかしら?」  老婦人は紅茶を一口飲んで、感想を述べた。 「ありがとうございます。うちの庭で作ったものなんですよ」 「あら、そうなの? すごいわね。飲めて良かったわ」 「喜んでもらえて、とても嬉しいです」  半分ほど飲んだところで、老婦人はカップを置いた。 「そう言えば、自己紹介をしていなかったわ。私は、シチナ・ランプロスと申します」  背筋を伸ばし、上品な所作で挨拶をした。 「私はフィーネです。よろしくお願いします、シチナさん」  それに応えるように、フィーネもふわりと笑い、洗練された動作で挨拶をした。 「ええ、よろしくね」  シチナさんは微笑んだ後、一瞬視線をディアンに動かした。 「フィーネさん、彼は助手さん?」  家の一階には、キッチンを含めた大きな一部屋と、客が寝る部屋、風呂がある。  大きな部屋は、玄関を入ってすぐのところ――今まさにいる部屋であり、客を出迎える場所とダイニングとして使っている。それら二つを仕切る壁はなく、家具で分かれているように見せている。しかし、実際分かれてはいないのだ。ダイニングにいるディアンに、二人の会話は筒抜けである。  最初から退出させるべきだった、とフィーネは後悔した。  当たり前だが、客の情報や依頼の内容は、外部に漏れてはならない。 「すみません!」  フィーネは謝った後、ディアンに目配せする。すると彼は立ち上がり、シチナの方へ歩く。  彼女の目の前まで来ると片膝をつき、腰に差していた剣を置いて、少し頭を下げる。そして、名乗り始めた。 「王宮騎士団、第二部隊所属、ディアン・フォルシュリットと申します。名乗り遅れ、申し訳ございません」 「まあ! 王宮の騎士さんだったのね」  口元に手を当て、上品に驚いている。 「では、すぐに退室致します」 「あ、いいのよディアンさん。待ってちょうだい」  シチナは出ていこうとしたディアンを止め、フィーネの方を向いた。 「フィーネさん、私は彼にいてもらって大丈夫よ」 「よろしいのですか?」 「ええ。依頼は人探しですもの」  フィーネはここでやっと、シチナの思惑を理解した。 「なるほど! それは人手があった方が良さそうですね」  二人でくすくすと笑い合ってから、ゆっくりとディアンの方に顔を向けた。  ディアンは冷や汗を流しながら、「ははは」と笑った。 「ディアン、座って」  これで彼の休暇はなくなったに等しい。申し訳なさもあるにはあるが、これはお客様の要望なのだ。ディアンには、休暇を捧げてもらおう。 「……はい」  フィーネは、ディアンに隣に座るよう促す。  彼は「失礼します」と、椅子に腰掛けた。しかし、騎士であるディアンの体は見た目以上に大きく、この小さめな二人がけの椅子には少し窮屈であった。 「では、依頼内容を教えて下さい」  フィーネは自分が呼んだ手前、ディアンに立てとは言えず、そのまま依頼を聞くことにした。  少しの間をおいて、シチナが口を開いた。 「もう一度だけ、会って話したい人がいるの」  シチナは、懐かしそうに誰かを思い出しているようだった。 「でも、顔しか思い出せなくて。この人と何があったのか、何でこの人に会いたいのか、何も分からないの」  今度は悲しい表情になった。 「少し質問しますね」 「ええ。もちろん」 「その方の特徴を教えて下さい。それから、状況などは分かりますか?」 「男性よ。若い人で、笑ってる。夜に私と歩いているわ。星が綺麗に見えて、……。あとは上手く思い出せないの。ごめんなさいね」  星が見えるのは、辺りに街頭などが無いということ。  その人との思い出は、王都周辺や栄えた街で作られたものではなさそうだ。 「なるほど、ありがとうございます。……どうなさいましたか?」  気付けばシチナの顔が強ばっていた。  そして、少しうつむきながら話し始めた。 「……気が付いたら森に立っていたの。それが十日くらい前かしらね。よく分からないまま彷徨ったわ。そして、記憶が戻ってきたのは四日前かしら。戻ってきたと言っても、私の名前と彼の顔ぐらいなの。彼に会ったら、全て思い出すかもっていう期待もあって」  気が付いたら知らないところで一人、というのは誰でも不安だ。  無事にクロッツにたどり着いて、彼女はどんなに安心しただろうか。 「こんな曖昧な情報、必要なかったかしらね」  苦笑いを浮かべながら、シチナは自分を避難している。 「いえ、重要な情報です。それに、皆さんこんな感じで曖昧でしたよね? フィーネさん」  ディアンがフォローした。 「そうなんです。ここへ来られるお客様は、記憶が曖昧な方も多いです。ですから、本当にお気になさらず」  フィーネがこう言うと、シチナは不意にカップを手に取り、お茶を飲み干した。 「本当にありがとう。私も思い出すよう努力するわね。改めて、よろしくお願いします」  先程のは、彼女なりの気合いの入れ方だろうか。声のハリが違う気がする。  フィーネたちは彼女に応えるように返事をした。   「「任せて下さい」」
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