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「ではご説明した通り、シチナさんにはここで過ごしていただきます」
「ええ、ありがとう。……ごめんなさい、少し寝かせてもらってもいいかしら」
霊体に疲れが溜まることはないが、クロッツの中では疲労というものを感じられるようになる。生き物と何ら変わらない生活ができるのだから、当然といえば当然だ。
二人で寝室へ入るシチナを見送った後、椅子に座った。ダイニングテーブルを挟んで向かい合う。
気付けば、もう日が落ちかけていた。仕事をしているときは、時間の流れが早い。
「ねえ、ディアン。彼女さ」
「待って下さい。その前にちょっと」
ディアンが話を遮った。真剣な顔になったのもあり、何か重大なことでもあるのだろうかと勘ぐるフィーネ。
「何?」
茶菓子へ伸びていた手を引っ込め、ディアンの方をしっかりと見て話を聞く体制を万全にする。
「きちんと働かせて頂くので、泊めてもらって良いですね?」
「…………良いわよ」
割と重大ではあった。
この時間から宿を探すのは難しいため、今追い出せば彼は野宿だろう。確かに野宿は嫌だな、とフィーネは納得した。
その答えを聞いて満足したのか、ディアンは笑顔になった。茶菓子をフィーネへ渡しつつ、再度口を開く。
「遮っちゃってすみませんでした。言いかけたこと、何だったんですか?」
「ああ、そうそう。ランプロスって、貴族じゃなかったかと思って」
茶菓子を頬張りながら疑問を投げ掛ける。
「そういえばそうですね。現当主は年齢的に、シチナさんの息子さんですかね? 前の当主は……カリッド卿だったかな。まだ御存命のはずですが……」
「そうね。シチナさんにそれらの記憶はないようだけど……。会いたい男性は、そのカリッドさん?」
「若い男性って言ってませんでした?」
「昔の記憶かもしれないでしょ。……でも何で貴族の二人が、夜の田舎で歩いてたのかしら」
「何で…………あ。二人で旅行とか」
「まあ、ありそうだけど。取り敢えず明日、ランプロス邸に行ってみましょうか」
二人でお茶と茶菓子を堪能しつつ、久しぶりの雑談に花を咲かせる。最近の動向や、流行りの茶葉についてが主だった。
フィーネは何回目かの紅茶のおかわりを注ごうとして、もう空になっていたことに気付く。もう一度淹れるために、彼女はキッチンに立った。
「僕、シチナさんが亡くなったこと知らなかったです」
「王宮勤めなのに何で知らないのよ」
フィーネは棚から茶葉を出しながら訊く。
「遠征中だったので。しかも"男爵"家の"前当主"夫人ですから。噂話に出てきません」
貴族は貴族でも、階級がある。上から、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となっている。男爵は貴族の中で最下位の爵位なのだ。
確かに、一介の騎士が知り得る情報ではないかもしれない。しかし、ディアンは一応貴族の人間だ。知っていてもおかしくはないのだが、まあ仕方がない。
「ねえ、ご飯作ってくれない?」
「良いですけど、材料何かあります?」
食材の在処を確認する、が。
「…………無いかも」
「そんなことだろうとは思いましたよ。何食べて生きてたんですか?」
呆れた顔をされたが、フィーネは気にせず話し続ける。
「うーん、最近はあんまり食べてないわね。近々買い出しに行こうと思ってたところだったのよ」
「じゃあ明日、買い物もしましょうか。今日は、さっき街で買ってきた惣菜で我慢してください」
ディアンは荷物の中から、数種類の惣菜を取り出した。フィーネの好物がたくさんある。
「ありがとう」
彼はこの状況を予期していたのだろうか。やはりできる男である。
その日の夜は、久しぶりの二人での食事を楽しむことができた。
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