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朝の心地よい光で目が覚めた。まだベッドに入っていたかったが、気合いを入れてそこから出る。
フィーネの自室は家の二階にある。
階段を上り二階に出ると、小さなリビングのような部屋がある。さらにそこを抜けると、フィーネの自室ともう二部屋がある。ディアンはそのうちの一つを使った。
以前、フィーネは客が来ているときは、主にこのリビングで過ごしていた。簡易的なキッチンや洗面台もあり、二階で生活を完結させることも可能だった。
『私が同じ家にいては気を使わせてしまう』『大切な人との時間を邪魔したくない』といった彼女なりの配慮と、フォルシュリット邸の空き部屋、というこの一方的な需要と供給が一致したことで、最近は依頼を叶える時でもあまり活用されなくなっていた。
フィーネは着替えてから、自室を出て二階のリビングへ行く。
「あれ?」
目的地に着き辺りを見回したが、ディアンの姿はなかった。
「どこ行ったのかしら。寝坊した……わけ無いわね」
彼を探すことは後にして、洗面台に向かう。顔を洗うためである。
蛇口をひねると、手が凍りそうになったが耐える。
「ふう」
洗い終わり、鏡を見た。昨日は少々お酒を嗜んだが、むくみなどはないようだ。二四歳の体、頑張っている。
続いてキッチンへ行き、水をコップに注いで飲んだ。
本当は白湯が良いのだろうが、なんというか、そう。冷たい水を一気に飲みたくなってしまったのだ。決して面倒くさいわけではない。
コップを置いて一息ついた。直後、髪が揺れた。風が家に入ってきたらしい。
驚いて正面を向くと、ベランダへ続く大きな窓が開いていることに気が付いた。
昨日は閉めていたはず。ディアンが開けたのか。
などと考えていると、ディアンがベランダに飛び乗り、姿を現した。今日は軍服を着ていた。
「おはようございます。朝ごはんは市場で食べましょう」
窓を閉め、フィーネの横まで颯爽と歩いて来た。
「……一食分も無かった?」
「残念ながら」
惣菜はたくさんあったのに、昨日二人で食べ尽くしてしまったのだった。
「でも、市場に行くのは仕事が済んでからよ? お昼ご飯……もしかしたら夕飯になっちゃうけど平気なの?」
「はい」
「そう……。ならそうしましょうか」
少し食いぎみに放たれたディアンの返事を、フィーネは信じることにした。
「ねえ、ディアン。昨日はなにで来たの?」
「昨日の朝出発して、一番近くの街まで馬車、その後は歩いて来ました」
「あら、お疲れ様。あの距離を歩いたのね……」
近くの街からここまでは、常人が歩けば丸一日はかかる距離だ。どんな脚力を持っているのだろうか。
「嘘です。魔法で飛んで来ました」
「……。そうよ、魔法の上達は良いことだわ」
せっかく労ったのに、と落ち込むフィーネは、自分自身をフォローしつつ、話を本題へ移す。
「ねえ、今日馬車貸してくれると思う?」
ディアンの眉がピクリと動いた。
「ランプロス邸の近くに箱はないんですか?」
「昨日確認したんだけど、残念ながら」
少しの期待すら打ち砕かれ、ディアンは項垂れた。
「……フィーネさんの頼みなら、断らないんじゃないですか」
「うん、それもそうね。じゃあ行きましょ」
「はあ……。どうせは行くことになるんですね……」
ディアンのため息は聞かなかったことにして、フィーネは右腕を伸ばし、手を開いた。
「ジェネレイト」
と唱え、半透明な青色の立方体の箱を作る。これは『空間』である。
少し力を込め、この空間と向こうに設置してある立方体の空間を繋げる。
呪文を唱えることでも繋げることができるのだが、今回はやめた。完全に気分である。
「はい、繋がった」
一応確認のため、箱を覗き込む。男が一人、机に向かって作業をしているのが見えた。
「僕にも見せて下さい」
空間を繋げると、向こうの景色を見ることも、音を聞くこともできるのだ。しかも、向こうにある箱を透明にしておけば、こちらのことは気付かない。なんと便利な魔法だろうか。
「毎回思うんですけど、なんでよりによってその部屋に設置してるんですか?」
「あっちに行くといっつも移すの忘れちゃうのよ。私には超遠隔操作もできないし」
超遠隔操作は、自分の視界に入らないような距離での魔法使用のことである。魔法操作の天才であれば、練度を高めれば習得の可能性はあるにはある。しかし、フィーネには出来そうになかった。
「あ、シチナさんに声かけた方がいいわよね」
「まだお休みになられているようでした」
「あら、じゃあこのまま行きましょうか」
ディアンの言った通り、シチナはまだ眠っている。
このまま出ていっても問題はないだろう。
「向こう着いたら空間移動させてって言ってね?」
「分かりました」
今度は立方体の箱を放って空中に浮かせ、手をかざす。
長方形に変形、ディアンも通れるようニメートル程に拡大させて、転移用ゲートにした。
このとき、繋げておいた向こうのものも転移用ゲートに変化している。もちろん、透明なまま。
「入っていいわよ」
「……ありがとうございます」
ディアンがゲートをくぐった後、フィーネはローブのフードを被ってから彼を追った。
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