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数年前からほとんど変わらない、小綺麗な部屋。
壁一面の本棚には、難しそうな政治についての本ばかり。貴族はみんなこうなのか、とフィーネはげんなりする。
ちなみに、フィーネが好んで読むのは、ロマンス小説や図鑑などである。
「…………」
男は作業を止める素振りがない。気付いていないだけなのか、無視をしているのか。
待っても仕方がないため、フィーネから声をかける。
「久しぶりね。ゲラーデさん」
ゲラーデはため息をつきながら左手で頭を抱えた。右手は動かし続けている。
「君はいつも突然だな。勝手に侵入してくるのも止め……ディアンもいたのか」
ゲラーデは、作業を中断して顔を上げた途端、彼女にとってみればとても面白い表情になった。驚きと気まずさを隠しているようだが、隠しきれていない。そんな表情だ。
「はい。お久しぶりです、父上」
ディアンは軽く礼をした。
ここは、ディアンの実家、フォルシュリット家の邸宅だ。その中で、当主ゲラーデの書斎にフィーネの魔法は設置されている。
ゲラーデはフィーネの魔法の正体を知らない。
以前は突然現れる彼女に恐怖を抱いていたのに、今となっては冷静に注意を促してくるようにまでなった。
「ディアン、休暇が取れたのならここに帰ってくるべきだろう。なぜ彼女と?」
意地の悪い質問を投げ掛けられ、ディアンはうつむいてしまった。
「すみませ」
「頼みがあって来たのよ」
フィーネはディアンの謝罪を遮り、唐突に本題を切り出した。
「君の場合、頼みとは言えないだろう。何の用だ」
上手く話を逸らすことができたようだ。
「馬車、貸してくれない?」
「はあ。どこへ行く」
「言うわけ無いでしょ」
「ディアン、答えろ」
「……」
フィーネが答えないと分かるとすぐにディアンに聞くところを見るに、彼は底意地が悪い。
「今から市場に行くの。これでいい?」
「そうか。勝手にしてくれ」
『勝手にしろ』は、『使って良い』と同義。フィーネはそう判断した。
「じゃあお借りしますねー。失礼しましたー」
そう言って部屋を出た。
彼女はゲラーデに他の話もあったが、それはディアンがいないときでも良いだろう。
「よし、じゃあ行きましょうか」
「その前に、移動させましょう」
「ああ、そうだった」
フィーネは部屋に置かれた箱は持たずに歩いた。そして、彼女がいつも依頼が入ったときに借りている部屋とディアンの部屋に、新しいものを作り出し設置した。
* * *
「あー、痛すぎるわ……」
長い時間馬車に揺られ、フィーネの体は悲鳴を上げていた。
ディアンは何とも無いようで、彼女は体力の無さを痛感する。
「思ったより時間かかりましたね。魔法で速度も結構出てたのに」
二人はランプロス邸に到着した。
ここまでディアンの風魔法で追い風を作り、馬車を加速させてきたのだ。
ちなみに馬は使っていない。端から見れば、屋形がひとりでに、しかも高速で走っているという珍事であろう。
走る動力である風、バランスを保つ風、どちらも完全に彼頼りである。
馬のいない馬車は怪しまれるので、ゲートでクロッツの森に送っておいた。
ディアンは騎士団所属だが、魔法師団からも時々スカウトを受けるほど魔法の腕も立つようだ。
魔法を使い続けたのに疲労を見せないのは、元々の魔力量も関係しているだろうが、日々の努力の賜物でもあるだろう。
「そうね。おかげで体が……。それより、朝も昼も食べてないけど大丈夫なの?」
「慣れてます。遠征中ではよくあることです」
「そう。大変なのね」
一旦会話が終わり、フィーネはどう侵入するか考えてみることにした。
「うん、壁ね。登れなさそうだし、門には当たり前に見張りがいると」
ランプロス邸は、四方を壁で囲まれている。唯一の出入口である門には、見張りの兵が立っていた。
これはランプロス邸だけ、というわけではなく、貴族の屋敷はこれが普通だ。
「そうですね。それに中の様子も見えないです」
ディアンの強靭な脚力を持ってすれば、もしくは魔法を使えばこの壁は楽々越えることができるだろう。だが彼は、『常識』というものを持ち合わせている。
「ジェネレイト」
フィーネは箱を作った。
「ここに設置するんですか?」
「違うわよ。これをこうするの」
フィーネは右手で箱を掴み、腕を後ろに引く。
「ちょ、何を」
そして、思い切りぶん投げた。
逸れることなく、上手く壁の向こうに落ちてくれた。
彼女はディアンの方を向いた。
「これで入れるわ!」
彼女の満面の笑みに屈しながらも、ディアンはすかさず突っ込みを入れる。
「投げずとも遠隔操作で普通に入れられましたよね。何でそんな原始的なんですか」
「やりたくなっちゃったの」
「……そうですか」
「じゃあ、中の様子を見ましょう」
もう一つ箱を作り出し、壁の向こうのものと繋げる。
「どうですか?」
「うーん、女の子が一人いるわね。侍女もつけずに何してるのかしら、ってヤバ」
フィーネは咄嗟に顔を離した。
女の子が振り向き、こちらと目が合ったからだ。
確かにあり得なくはない。あの箱は、透明にしていない……。
こんな凡ミス、いつもはしないのだ。本当に。
「どうしました?」
ディアンは心配そうに質問をする。
それと同時に、フィーネの中である解決策が浮かんできてしまった。
でも、これはさすがにまずいか。
女の子の様子を確認して、判断することにした。
フィーネは遠目に箱を覗く。
「わあ、やっぱりこっち向かってきてる」
(……よし、やっぱりここはディアンに頑張ってもらおう)
「え? 何がですか、ってちょっとフィーネさん! 何を――」
ディアンが彼女の方に体を傾けた瞬間、転移用ゲートを展開。ギリギリ入れる大きさに調整し、彼を強引に押し込んだ。
「……ごめんね。今回の依頼、あなたに懸かってるわ!」
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