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(油断していたとはいえ、女性の力に負けるとは)
鍛練不足か、ただ単にフィーネさんの力がつよ……とまで考えたところで、ディアンは思考を止めた。
次に、何でこんなことをしたのだろうか、と彼は文句ではなく彼女の行動理由を探し始める。
うつ伏せの状態から起き上がり、地面に座った。
その疑問はすぐに解消される。
「ん?」
座ったところに何かがあったようだ。
手探りで確認する。
「ああ」
それはフィーネが作り出し、投げ入れたあの箱だった。
この屋敷のものを壊したわけではないことに安堵する。
周りの様子を伺うために、ディアンは目線を少し先の方へ送った。
「あ……」
情けない声を上げてしまった。でも許してほしい、と彼は誰に聞かせるでもなくそう願った。
十五、六歳の女性がこちらを凝視しながら腰を抜かしていたのだ。
「……そういうことか」
フィーネさんが焦っていたのは、空間魔法を彼女に見られてしまったから、そんなところだろう、と彼は正解を導き出した。
(透明にし忘れるなんて初歩的なミス過ぎる。僕もなぜ気付けなかったのか……)
そして、彼女を怖がらせている理由はディアンが突然現れたから。これで間違いなかった。
「すみません、驚かせてしまいましたよね。大丈夫ですか……?」
「……」
返事がなくて当然だった。
ディアンは片膝を地面につき、挨拶をする。
「私は、王宮騎士団第二部隊所属、ディアン・フォルシュリットと申します」
「騎士……?」
「はい。先ほどは訓練の一環で、風魔法で上空を飛んでいましたところ、この箱を落としてしまったので回収しに参りました。勝手に侵入してしまったこと、驚かせてしまったこと、お詫びいたします」
苦しい言い訳だが、これでいけるだろうか。
「で、でも、その箱から出てきたように見えました……」
(ダメか)
だが押すしかない。
「恐れながら申し上げます。お嬢様は空から人が降ってきたので、気が動転してしまったのかと」
「そ、そうですよね。そこから人が出てくるなんて、くうか……いえ、なんでもありませんわ」
彼女は起き上がり、ドレスに付いた土を払った。
「私はジェイン・ランプロスと申します」
ジェインは挨拶とともにお辞儀をした。
ディアンはそれを見て、フィーネのカーテシーを思い出す。あれに勝るものはないだろう、と彼は思った。
「……ところで先ほど、ディアン・フォルシュリット様とおっしゃいましたか……?」
「はい、そうです」
ディアンがそう答えると、ジェインは血相を変えた。
(だから嫌なんだ、名乗るのは……)
「た、大変失礼いたしました。ご無礼をお許し下さい」
「いえ、貴方が謝ることではありません。全て僕の注意不足です。申し訳ございません」
「お顔を上げてください! 私はそのような身分ではございません!」
こちらに非があるのは本当なのに、ジェインが謝る。この光景は、彼に貴族社会なのだということを痛感させる。
この制度は彼の気分を悪くさせるのだ。
「では、失礼いたします」
早々に立ち去るべく、先手を打って別れを告げた。
しかし、そう上手くいきはしない。
「あ、あの! 差し出がましいかもしれませんが、せっかくですので、お茶をお召し上がりになっていかれませんか……?」
貴族においての常套句だ。
いつも通り、やんわり断ろう。
「いえ、お気遣いなさらな……」
いや待て、とディアンは考えを変える。いつもなら断っているこの手の誘い。
今回限りは乗る方が良いのではないか。
屋敷に入ってこの箱を置いてきてしまえば、この後フィーネが潜入しやすくなるだろう。
「……やっぱり、いただいてから帰ることにします」
ジェインは一瞬目を見開いたが、すぐに華やかな笑顔に戻った。
「本当ですか! すぐに準備いたします!」
やはり迷惑だっただろうか、と彼はすぐに後悔した。
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