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「で?何?」
「っ!」
俺はカッとなってスーツの内ポケットから銀のジッポを取り出した。
仁坂の胸にドンとソレを押し付ける。
「免許証っ!返せよっ」
「運転しないじゃん」
イライラは頂点に達し、駅の前の人通りが多い場所だというのに、怒鳴っていた。
「返せよっ!」
「…ねぇ、なんでおまえ、そんな怒ってんの?」
「はっ?!仁坂が連絡返さないからだろっ!俺はずっと待って…」
そこまでを口にして、グッと顎を引いた。
俺、今、何言おうと…
俯いていると、突然顎先を掬い上げられた。
仁坂の琥珀色の目と視線がぶつかる。
左の涙ぼくろが二つある側に、軽く小首を傾げ、呟かれた。
「山田、俺のこと超好きじゃん」
「バッバカも休み休み言えよっ!」
顎にかかった手を振り解くと、突然勢いよく腰を抱かれ、仁坂にキスされていた。
「んぅっ…んっ…」
往来で何て事をっ!!と思ったのは束の間だった。
ご無沙汰だった身体は、仁坂の甘いキスに溺れてしまう。
気持ちいい…舌、ヤバい、甘い。抱き寄せられて、包まれた仁坂の身体からめちゃくちゃ良い匂いがする。
ゆっくり離れた俺の唇に、仁坂の指先が触れて、優しく撫でられる。
「ハハ…そんな良さそうな顔しちゃって…相変わらずだらしねぇなぁ」
カクンと膝が折れて、力が入らなくなる。
「おぉっと…キスぐらいでへばんなよ」
「にっ仁坂がっ!会社の人が通ったらどうすんだよっ!」
「そういうの、好きだったよな、おまえ。」
「は?」
「空き教室でヤリまくってたら足音してさ、中、すげぇ締まったの覚えてる。」
高校の頃の話をされ、身体が熱くなる。
スッと近づいた仁坂は耳元で囁いた。
「へ、ん、たいっ」
「仁坂っっ!」
「行くぞ」
「ちょっ!どこ行くんだよっ!」
長い足は颯爽と雑踏の中に消えていく。
俺はまだ力が入らない身体を立て直しながら、後を追った。
手の中にはまだジッポが握られたままだ。
返したのに…受け取れよ…
ここまで来たら、免許証と交換だな…
「なぁ…仕事…ホストしてんの?」
足取りの早い仁坂に小走りで後ろから着いて行く俺は、何となく問いかけた。
仁坂はポケットに両手を入れながらズンズン歩く。
一瞬俺の顔を見て、フハッと笑って答えなかった。
クソ…
完全にまた玩具にされてる。
悔しがっていると、急に立ち止まった仁坂の背中に顔面から突っ込んだ。
「ったぁ〜…急に立ち止まんなよっ!」
鼻先を摩りながら仁坂の前を覗き込むと、綺麗なマンションが聳えていた。
仁坂はポケットからキーカードを出して、エントランスに入って行く。
「え?!にっ仁坂っ!おいっ!」
仁坂は振り向き、眉間に深く皺を刻んだ顔で、鬱陶しそうに吐き捨てた。
「免許証っ…返して欲しいんだろ」
「ぁ…うん」
何だ…何だろ…あんなに返して欲しかったのに、女とイチャイチャ…ホストやってるかどうかも答えてくれないし。
黙って仁坂に着いて歩く。
エレベーターは十階で止まった。
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