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「ホテル行こうぜ」
仁坂はグラスに残っていた僅かなぬるいビールを空にして立ち上がった。
「ちょ、待ってよ…俺は」
「逃げたんじゃねぇんだろ?」
クイッと顎で立てと命令され、身体は過去に戻ったように従順に立ち上がる。
胸元に抱えたリュックを更に強く抱きしめた。
「に、逃げたんじゃないけど…ホ、ホテルは」
「何?拒否んの?」
「っ…」
彼の家から逃げ帰った日から、仁坂は学校で俺をジッと見ている事が増えた。
そして、空き教室でキスをしたり、黒いシーツに押さえつけられたように、教室の机に腹を寝かせて素股をしたりした。
数を重ねたある日。
俺と仁坂は一線を 超えた。
準備をして、ローションを使って、後口を使って、仁坂を受け入れたんだ。
俺の身体は当時から線が細く、色も白く、男だから妊娠しないし、都合が良かったのだと思う。
仁坂は俺のマゾヒストな部分に気づき始めて、女の子にはしないだろうプレイを楽しみ始めた。
「おまえ、俺のこと拒否れんの?」
「そ、それは」
「彼女居ないんだろ?あぁ…もしかして、男が居るの?」
俺は思わずパッと抱きしめていたリュックに視線を落とした。
「ハッ!マジかよ…何?俺で味占めてゲイにでもなった?」
仁坂にとっては若気の至りで、俺を玩具にしていたんだろう。
でも俺は違ったんだ。
ケツで覚えた快楽は、完全に女性とのセックスでは満たされず、それどころか、一時期完全に勃起しなくなっていたのだ。
自分が完全にそっち側だと気付かされたのは大学に入って暫く経った頃だった。
同じクラスの宮沢怜(ミヤザワレイ)という男。
そいつと俺は、大学の間、友達以上恋人未満のいわゆるセフレ関係にあった。
怜とそういう仲に転んだのは事故みたいなものだった。
大学近くの図書館で勉強をしていた時、高い棚の本が取りたくて、脚立を使わずに背伸びをしていた俺は、何とか掴んだ資料の本が重く、バランスを崩し、倒れた。
だけど、痛くなかった。怜が下敷きになって俺を庇ってくれたからだ。
そのまま立ち上がる為に手を引いてくれたのに、それでさえ俺はバランスを崩し、怜を引っ張り倒し…不幸にも唇同士がぶつかるというハプニングに見舞われた。
人が居なかったから
何となくそんな空気だったから
欲求不満だったから…
怜は離れた唇をまた重ね、俺もそれに応えていた。
本の香りに包まれて、床に倒れた俺達はただ、キスを繰り返した。
連絡先を交換して、付き合うとかどうとかいう話はしなかった。
怜は身長も高く、頭も良くて、真面目だった。
真っ黒の切れ長な瞳と、長い手足、清潔感のある雰囲気で、女子はみんな彼を狙っていた。
そんな風にモテるわけだから、勿論彼女は居た。でも、真面目な性格が邪魔をするのか、怜は女と長続きしないタイプで、俺とは卒業まで身体を重ねる仲が続いた。
お互い付き合うと口にした事はないし、怜は俺からすればストレートだった気がして、卒業してからは連絡をとっていない。
だから、仁坂が言うように、彼で味を占めてゲイになったのは事実。だけど、仁坂が言う男が居る…というのは違った。
もう、五年近くセックスはしていないのだから。
「彼女も男も居ないよ…だけど…ホテルは…」
口籠る俺に、仁坂は携帯を突き出した。
「教えろよ、番号」
俺は仁坂の携帯をジッと見つめてから、彼の琥珀色の目を見つめた。
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