62

1/1
274人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ

62

62 電車を降りて家路を歩く。 途中にあるスーパーはシャッターが下りていて、辺りは静かでもの寂しい。 通りの角からフワフワした毛足の長い猫が顔を出した。 俺はピタッと足を止めてその琥珀色をした眼の猫と目を合わす。 「…今時、野良猫なんか居るのかな…」 小さく呟いたら、ビックリしたようにクルリと向きを変えて行ってしまった。 「…あ〜ぁ…逃げちゃった…」 残念そうに呟くと、猫が出て来た角から声がした。 「逃げたのはおまえだろ」 ドキッと心臓が止まりそうに跳ねた。 忘れたくても忘れられない甘く低い声。 チラリと身体が見えて、金色の髪が、まるでさっきの猫のように寒く冷たい風に揺れている。 ゴクッと喉が鳴った。 身体は強張るのに、滑らかな音域の丁寧な声がもっと聞きたくなる。 ただし、今の俺にその権利がない事は明白だった。 どんなに冷たい風が強かろうと、自分に染み込んだ今しがたの汚い情事の臭いは消えない。 約束を破った俺に地獄へ堕ちるカウントダウンが始まった。 「陽海…」 5 「おまえさぁ…」 4 「マジで…」 3 「さっきの」 2 「逃げた…」 1 ギュッと目を閉じた。すると、累はフハッと笑って… 「猫みたいだな」 そう言って …俺を抱きしめた。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!