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電車を降りて家路を歩く。
途中にあるスーパーはシャッターが下りていて、辺りは静かでもの寂しい。
通りの角からフワフワした毛足の長い猫が顔を出した。
俺はピタッと足を止めてその琥珀色をした眼の猫と目を合わす。
「…今時、野良猫なんか居るのかな…」
小さく呟いたら、ビックリしたようにクルリと向きを変えて行ってしまった。
「…あ〜ぁ…逃げちゃった…」
残念そうに呟くと、猫が出て来た角から声がした。
「逃げたのはおまえだろ」
ドキッと心臓が止まりそうに跳ねた。
忘れたくても忘れられない甘く低い声。
チラリと身体が見えて、金色の髪が、まるでさっきの猫のように寒く冷たい風に揺れている。
ゴクッと喉が鳴った。
身体は強張るのに、滑らかな音域の丁寧な声がもっと聞きたくなる。
ただし、今の俺にその権利がない事は明白だった。
どんなに冷たい風が強かろうと、自分に染み込んだ今しがたの汚い情事の臭いは消えない。
約束を破った俺に地獄へ堕ちるカウントダウンが始まった。
「陽海…」
5
「おまえさぁ…」
4
「マジで…」
3
「さっきの」
2
「逃げた…」
1
ギュッと目を閉じた。すると、累はフハッと笑って…
「猫みたいだな」
そう言って
…俺を抱きしめた。
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