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8 夜のスーパー。 秋と書かれた販促看板や、プレートが目立つ。 俺は入り口でカゴを掴み、フラフラと頼りない足取りで店内を歩く。 白菜…鮭…ビール…卵ぉ…たまごっと… 朝飯用に何かパンでも…ラッキーだ、割引シール貼って回ってるな…おっ!クロワッサン残って… 「っ…す、すみません」 同じパンに手を伸ばしたらしく、視線の先で絡んだ指先を引っ込めた。 相手も同じように手を引き、お互いそこで顔を見合うことになる。 「あっ!」 素直に声が出てしまった。 「陽海っ!」 「怜…」 「ひ、久しぶりだな!」 「ぁ…あぁ…」 「大学卒業以来だから、五年ぶり?」 「そうだな」 相手は宮沢怜、大学からのつき合いで、ほんの数分前に記憶を辿った相手だっただけに驚いた。 こんな偶然あるのか? 九年ぶりと五年ぶりの再会が一度に訪れるなんて、奇跡的過ぎる…。 そして、何とも…居た堪れない。 「俺、あっちのパン買うから、怜、どうぞ」 「ふふ…」 「な、何?」 「相変わらずだなぁ、人見知り…治ってない。」 「あ〜…ハハ、久しぶりに会うと、緊張するよ」 愛想笑いでさえ、上手く出来ない。さっき居酒屋で煽ったビールで悪酔いしているんだと言い聞かせた。 「せっかく再会できたんだ。飯でもどう?スーツだし…今帰りだろ?」 怜は紳士で社交的な男だ。相手が俺でなくとも、久しぶりの再会を無下にしないだろう。 「あぁ…悪い。知り合いと居酒屋で一杯呑んできたんだ…」 そう言い終わり、怜の顔を見上げると、馬鹿みたいに切なく甘い目で俺を見ているから焦った。 思わず早口で適当な話を振ってしまう。 「怜はっ…かっ彼女とか家で待ってんじゃないの?」 言ってから後悔した。 まるで、今彼女が居るかどうか調べにかかったように感じたからだ。 恐る恐る顔を上げると、怜は苦笑いしながら、生まれつきあるという右の手首の扁平母斑の茶色い痣を撫でながら言った。 「今は居ないよ。大学卒業してからは、暫く作れなかったしね」 「へ、へぇ…忙しかったんだな。確か大企業に内定決まってたもんな」 「いや…まぁ、忙しかったというよりは…ほら、陽海、急に連絡取れなくなっただろ?俺、結構探したんだよ」 俺はドキッとして顔が引き攣りそうだった。 あの頃、怜はたまに彼女を作る事もあったし、俺達が付き合っていたという関係でもなかったせいで、結構苦しい時間を過ごしていたんだ。 俺は自分がゲイなんだと気づいていたし、怜はそうじゃなかった。 彼女が出来るたび、どんな顔をすれば良いのか分からなかった。 いつしか、あぁ…自分は遊び相手の一人なのだと結論を出したんだ。 そこからはあまり辛くなくなって、割り切った関係だったと思う。 ただ、怜はいつも何かを言いたそうにしていた。 俺はその内容が、別れを切り出されるんだと思うと怖くて堪らなかった。 「あの時…もっと話しておくべきだった。」 「…は、話?」 怜の言葉を復唱すると、彼はスーツの内ポケットから携帯を取り出して、連絡先を交換しようと笑った。 「…まさかスーパーで見つけられるなんて、灯台下暗しだな…連絡するよ。」 「あ…うん」 「ちゃんと出てね」 「ハハ、何で出ない選択肢があるんだよ。ちゃんと出るよ」 「陽海も…いつでも連絡して。」 「う、うん。ありがとう。」 二人でレジに並び、スーパーを出た。 幸いにも、出入り口を出たら、怜とは方向が真逆で、俺は力が入りっぱなしだった肩を脱力させた。
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