287人が本棚に入れています
本棚に追加
9
9
疲れた…
今日は厄日か何かだ。
スーパーで買った食材を冷蔵庫にしまいながら、片手間に缶ビールを開ける。
居酒屋で仁坂と飲んだビールは、緊張からか、全く味がしなかった。
冷えたジョッキでもない、何なら歩いて持ち帰った缶ビールは少しばかりぬるいのに、俺はゴクゴクと喉を鳴らしてプハァッとCMのように息を吐いた。
「食欲…ないな…」
呟きながら、部屋のソファーに沈み込む。
缶ビールを目の前のローテーブルに置いて、携帯を取り出した。
「えっ!…何これ」
仁坂から着信が三件、LINEがニ件。
怜から着信が一件、LINEが一件。
俺は仁坂のLINEを先に開く。
"電話出ろ"
"明日、仕事何時終わり?会えるだろ?"
怜からのLINE。
"今日、会えて嬉しかった。明日、仕事終わりちゃんと会えないか?話がしたい"
俺は過去に身体の関係を持った二人から、明日の仕事終わりの時間を求められていた。
とりあえず何も考えられないまま缶ビールに手を伸ばす。
それは指先に当たり、缶をひっくり返した。
「うわぁっ!もうっ!何やってんだよ!」
慌てて缶を立て、干してあったタオルを引っ掴み、テーブルとテーブルから床に滴るビールを拭いた。
何が起こってる?
待て待て
冷静になれ。
あんなチャラ男と真面目男が、明日俺に何の用があるっていうんだ。
ビールが沁み込んだタオルをフローリングに押し付けるようにギュッと握る。
そうやって暫く固まっていると、携帯がフローリングでブーブーと音を立てた。
画面を見ると、仁坂からの着信だ。LINEに既読をつけたし、出ないのはおかしい。
慌てて画面をタップすると、向こう側からため息が聞こえた。
「おい、駄犬…何してた。」
「な、何って…今スーパーで買い物して帰ったとこだよ」
「ふぅん…俺の電話、三回も無視して?」
「ご、ごめん、普段鳴らないから気付かなくて」
今度は向こう側でフッと優しく笑う声が聞こえた。
「相変わらず、友達居ないんだな」
「…居ないよ」
言ってて虚しくなる。
仁坂は最初より機嫌の良い声で話を続ける。
「ならさ、明日、空いてんだろ?」
「あぁ〜…明日はぁ…」
「何?」
「あ、うん…残業が無ければ」
「マジで!じゃ、今日行った店で待ち合わせようぜ。」
「ぁ…うん、分かったよ」
「じゃあな」
「うん、おやすみ」
「…おやすみ」
明日会えると言った俺に、仁坂は随分テンションが上がっていたように感じた。気のせいかも知れないけど、おやすみが優しく聞こえた。
暫く仕事以外の電話なんてした事がないからかも知れない。
秋だからかな…
俺も人肌恋しいのかも知れない。九年ぶりに再会して、ホテルに行こうって言ってきた奴だ。優しく聞こえたのは下心…。
そこでハッと我に返る。
そういえば、怜からも明日誘われていたんだ!
何か返さなくちゃ…
最初のコメントを投稿しよう!