雨宿り

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「まじか……」  ルーウィン家の裏口から出ようとした理緒(りお)は、激しい雨を前に立ち止まった。  今日は雨降らないと思ってたのになあ、と空を見上げて途方にくれる。この後は店に帰るだけだからびしょ濡れになっても大丈夫だろうが、服が肌につくくらい濡れてしまうと思うと、足を踏み出すのを躊躇する。 「よし、行くか」  気合を入れて走り出そうとした直後、後ろに誰かの気配がした。  魔法人形が立っていた。無表情でこちらを見る魔法人形は、驚く理緒に向けて言葉を発した。 「理緒様、雨宿りをしていってください」  目を見開いて思考停止した。普段ルーウィン家の魔法人形たちは事務的なことしか話さない。こんなふうに話しかけてくるのは珍しかった。 「ありがとうございます。でもこれくらいの雨なら大丈夫ですよ」 「雨が止むまで館で休まれよと、旦那様がおっしゃっています」 「ルーウィンさんが?」 「理緒様のお店には連絡を入れました。お茶をご用意します」  二十代前半の男性に見える魔法人形は、くるっと背中を向けて館の中へ戻っていってしまった。  予想外なことが起こり、「え、あのっ」と魔法人形を止めるように片手を出した理緒だったが、雨に濡れる外を一度見た後、慌てて彼の背を追った。  ふかふかな絨毯を踏みながら館の奥へ歩いていく。広い館内では男女の魔法人形たちが掃除などをしていた。男女ともにそれぞれ顔が一つのタイプしかないらしく、同じ顔の魔法人形たちが不自然なほど背筋を伸ばして動いている。  案内された部屋の扉には見覚えがあって、胸がざわついた。数ヶ月前にこの扉の奥で体験したことを思い出し、唾を飲み込む。  魔法人形が重厚な扉を開けた。部屋の奥に座る人物を目にした瞬間、鼓動が乱れた。  部屋の奥に一人の男性が座っている。黒い長髪、赤い瞳、背中側から生えている赤っぽい六本の触手。この家の主、ルーウィンだ。 「あ、あの、お気遣いありがとうございます。でもこれくらいの雨なら車で帰れるので……」  失礼だとわかりながらも、部屋に少しだけ入ったところで口を開いた理緒へ、ルーウィンから触手が伸びた。腰のあたりに巻き付いたそれが理緒を引き寄せる。  服越しに触手の生温かさを感じながら、優しく引っ張られるままにルーウィンのもとへ近寄ってしまう。  どうすればいいのかわからなかった。気がつけば彼の足の間に座っていた。 「ルーウィンさん?」  二メートルほどあるルーウィンの体にすっぽり包まれて、心臓が痛いくらいに鳴っている。背後に感じる彼の体温、頭をなでる手の感触、体に巻き付く触手、すべてが数ヶ月前の記憶と重なった。  魔法人形が目の前に紅茶の入ったカップを置いて部屋から出ていった。これもあの日と同じだ。あの日は紅茶を飲み終わったら解放されたから、今日もこれを飲みきるまで離してはくれないのだろう。  ルーウィンとは種族も使用する言語も違うため、何を考えているのか、この行動の意味などがまったくわからない。
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