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悠斗さんがこれまでの辛い過去を乗り越えてここまで来たこと、そして今彼が私に託している期待。彼の過去、彼の未来、そこに私が交錯することはない。
なにか話そうと思った時だった。ピンポーンと二人の空間を引き裂くような来客の音が部屋に響いた。夜も八時を過ぎた時間で、こんな時間に来客とは考えにくい。宅配便かな?
「はい」
『俺。開けて』
ぎくりとした。今、玄関の扉を経てその先に立っているのは、瑛士だった。
突然のことで私は戸惑って立ちすくんでしまった。
『いるのはわかっているんだ。ここを開けてくれるよな?』
最初は怒りを含んだ恐ろしい声。しかしすぐさま優しい声になる。彼は言葉のコントロールに長けていて、私が断れない状況に持って行くのが非常にうまかった。
『開けなきゃ、今ここで暴れるぞ』
悠斗さんが私の顔色の変わりように気付いて目を細めた。「椿さん、大丈夫ですか? 僕が対応しましょうか?」
「い、いえ。今、来ているのは……瑛士ですから」
瑛士は再び玄関のインターホンを押して、声を荒げて言った。「椿! 出てきてくれよ! 話さなきゃいけないことがある」
心が乱れる。彼とはもう終わったのに。どうしてまだ私の心をかき乱すの?
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