【第2話 - 契約者】

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 寝室に足を踏み入れると、キングサイズのベッドが豪華なベルベットのヘッドボードとともに鎮座していた。柔らかなシーツの上に身を投じれば、夢の中にくるまれているかのよう。  浴室は深いバスタブと独立したシャワーブース、そして高級ホテルならではのアメニティが並んでいて、専用のスパみたい。この部屋のどれをとっても特別感に満ちていて、その贅沢さには息をのむばかり。現実と夢の間で迷子になったように思えた。  中でも気になったのは大理石のテーブルの上に置かれたアレンジ花。どんな花を使っているのだろう――この贅沢空間に見合うアレンジのチョイスが素晴らしいと、ついそちらに気を取られてしまった。香りも嫌味なものではなく、仄かに香る程度で素晴らしい。 「夜景よりお花ですか」 「あ、すみません。つい……」 「いいえ。椿さんらしくていいです。僕の運命の女性に相応しい」  八神社長の声は柔らかいものの、瞳には深い欲情が宿っていた。  社長がいかに魅力的で他の多くの女性たちが心を奪われるのも頷ける。そんな彼が私に情熱的な視線を向けているなんて……。それもこの特別な空間のせいだろう。相性を確かめるなんて言うけれど、それってやっぱり……そういうことだよね?  社長が距離を詰めてくると、微かに彼の香りがして私の意識を圧倒し始める。社長の指先が私の頬に触れるだけで心臓が高鳴るのを感じた。  端正な顔がゆっくりと近づいてくる。思わず息を止めると、そのまま私の唇に柔らかなキスを落とした。  なぜか胸がヒリっとした。彼のキスには切なさと深い情熱が込められているような気がした。まるで長い間抑え込んできた想いが今、溢れてくるようだった。  どうして、八神社長……。  どうしてこんなに切ないキス……。
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