葉っぱのお金

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「生活発表会、子狐さんになったの。」 夕飯の支度にお料理をしているお母さんの足元に妹が絡み付いていた。 妹の幼稚園、4歳児クラスのオペレッタ。 『手袋を買いに』をやることは、2学期が始まってすぐに決まった。配役が決まったのはつい昨日。10月1日。妹は子狐役に就任した。 歌いながら劇をするオペレッタには僕にも思い出がある。僕も『手袋を買いに』だった。僕は手袋を売っているおじさんの役だった。 子どもの狐はおじさんに手しか見せなくて、その手はお母さん狐に人間にしてもらったものだったけどとっくにその術は解けて、狐の手になっていたし、金貨に変えてもらったはずの葉っぱは、葉っぱに戻っていた。 僕は4歳だったけど、「狐の子どもだとわかっていたのだけど、手袋を売ってあげたおじさんの気持ちになって、歌ってね」って、先生が言った。 僕はすごく考えた。 例えば友だちが嘘を言っているってわかったけど、そのままお話を聞いた時の気分。 例えば、お誕生日のプレゼントをお母さんが秘密で用意してくれているのをお父さんがうっかりバラしてしまったけど、知らないふりをした時の気分。 全部知ってるけど、知らないふりをする気持ち。 妹が生まれる前、なんとなく僕はお兄ちゃんになる気がしていたけど、大層驚いたお芝居をしたあの気持ち。 わかる。 おじさんは、全部知っていた。だけど、喜んで騙されてあげたんだ。お母さんの狐がぼうやの狐を一人でお使いさせても危なくないって人間を信じてくれたことが嬉しかったんだ。 だから僕は、オペレッタ、すごく嬉しい気持ちでがんばった。 「お兄ちゃんは?なんの役だったの?」 妹が目を輝かせてそう言った。 「雫には教えない。」 「創くん、どうして、意地悪言うの?この前も、絵本の字のとこ、マジックで真っ黒にしちゃったし。」 お母さんには、『雫ちゃんに優しくしなさい』っていつも怒られるし、優しくしたいと思うけど、妹に「声出して読んでみなよ」って、好きじゃない絵本を押し付けられて、頭に来て、マジックで文字だけ真っ黒にして戦時中の教科書みたいにしてやったんだ。 それから、妹に「読みなよ」って、その絵本を渡したら大声で泣いたんだ。僕はその絵本が嫌いな理由は、大嫌いなカマキリが見開きで画面いっぱいに顔だけ大きく書いてあるからだし、カマキリが弱いものをいじめるお話だから大嫌いだった。 「お話のこと、わかんない子に、自分のやったことなんか教えたくないよ。」 僕は、少々拗ねながらお母さんにそう言った。 「雫ちゃんは、まだ4歳だよ?」 「4歳でも僕はわかったけど。なんで、雫は人の気持ちに寄り添えないの?僕は嫌だと思ってるのに、嫌なものを見せたりするよ?そんな子に優しくする必要あるの?」 でも、僕は、本当は妹が羨ましい。 僕だって、等身大でいられる子狐の役がやりたかったんだ。おじさんの役だってがんばったけど、本当は子狐がやりたかったんだ。
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