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ミズキは僕が小学校5年生の時に地方から引っ越してきた転校生だった。どこから来たのか忘れてしまったが、ずいぶんと面白い名字だなと子供心に思ったことは今でもよく覚えている。
同性の同級生からは「気持ち悪い」と馬鹿にされ仲間外れにされがちなミズキだったが、不思議と僕とは馬が合い、二人の関係は僕が私立の中学校に進む頃まで続いていた。
〈次はS木ー、S木ー。お出口は変わりまして左側です〉
「あっ、私そろそろ降りる駅だ」
車内アナウンスに反応したミズキが【くるり】と身体の向きを変える。
ほっとしたような、それでいて名残惜しいような、何とも言えない感情が僕の中で生じた。
「……そっか、今はS木に住んでるんだな」
「うん! 彼氏と一緒に住んでる。最近は喧嘩ばっかりだけどね」
「ハハハ。まあ喧嘩するほど仲が良いって言うしな。とりあえず今日は久しぶりに会えて嬉しかったよ」
「ホント? 私も嬉しかったよ! また会えたら良いなあ……あっ、そうだ」
そう言い、ミズキがスマホを取り出した。
「良かったら番号教えてよ!」
※※※※※
「またねー」
「ああ、また連絡するよ」
【プシュー】という音とともに扉が閉まる。
ガラス越しに見送るミズキの背中は、筋張っており、お世辞にも女性らしいとは言えなかった。
いつの間にか、汗ばんでいた右手をつり革から外し、ズボンで拭う。
自分の中に生じた戸惑いは恥ずべき感覚であるには違いなかった。しかしながら、無理もないことだと同時に思う。
大切なのは、ミズキとこれからどうやって接していくのかであって、これまでに何を感じたか、ではないのだ。
多様性、という言葉が頭をよぎる。
【ガタン】という音とともに振動を感じ、僕は姿勢を少し崩した。
二度と関わらないという選択肢もあるが、もちろんそんなことをするつもりはない。
再び右手でつり革をつかみ、ポケットからスマホを取り出す。
【ガタンゴトン、ガタンゴトン】電車の走行音をバックに、僕はミズキを電話帳に登録した。
080-●●●●-××××
ミズキ ケンタロウ
時刻は11時に差し掛かろうとしている。
帰ったらすぐに寝なければいけない。「ふぁ……」僕はあくびをかみ殺し、肩口で涙をぬぐった。
【ガタンゴトン、ガタンゴトン】
他の乗客からの視線はもう感じない。
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