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「あれ?」
「?」
「やっぱりそうだ、アナタH光第三小じゃなかった?」
大学からの帰り道。時刻は夜の10時半。普段であればもっと早い電車で帰るのが常であったが、今日は友人と話し込んでしまい、遅めの帰宅となっていた。
車内に人は少ない。〈まもなくA台、お出口は右側です〉アナウンスも心なしか、元気がないように聞こえる。
僕は隣に座る女性をまじまじと見つめ、
「はい……、そうですけど」
と答えた。
「やっぱり! マサキでしょ?」
女性の両目が大きく開き、嬉しそうに口角を上げる。
「はあ……」
正解。だったが、友人はおろか知り合いにもこんな美人はいなかった。
化粧が濃く、いわゆるギャルと呼ばれるタイプ。僕が苦手とする類の人間であったものの、間違いなく美人ではあった。
どちら様ですか? という言葉を黙って飲み込む。
「久しぶり! 私のこと覚えてる?」
風邪をひいているのだろう。女性の声はひどくしわがれて聞こえた。
「ねえ、黙ってないで答えてよ? 私がだれか覚えてる?」
ここは話を合わせるべきだろうか。「えっと……」多少、逡巡したものの、僕は素直に対応することにした。
「すみません、ちょっと思い出せないです」
〈A台ー、A台。二番線は─〉
電車が止まり、【プシュー】という音とともに扉が開く。
数人の乗客が気だるそうに降りていく様を、僕はなんとはなしに見送った。
悪いことをしてしまったかな? 脳裏を横切った一抹の不安は、しかしながら、直後の「だよねー」という言葉にかき消された。
視線を隣に移す。
そこには【うんうん】といった様子で、頭を二回上下させる女性の姿があった。
「そりゃそうだ。もう何年も昔のことだもんね。私だって見た目も相当変わったし」
「……はあ」
「でもちょっと寂しいなぁ。他の同級生にはわかってもらえなくても、マサキにだけは気づいてほしかった」
「……」
「ほらここ。これ見ても私がだれだか思い出せない?」
そう言って指し示された、女性の右頬上部に目を向ける。
一直線に。そして縦に等間隔で配置された3つのホクロ。
「あっ」
僕は短く声を上げた。
「もっ、もしかして……」
「もしかして?」
それは確かに見覚えのあるものだった。
そんな特徴をもった人間を僕は一人しか知らない。
「……ミズキ、か?」
半信半疑(正確には8割疑だったが)で尋ねる僕に、
「フフッ、正解!」
と、女性、もといミズキが弾んだ声でそう答えた。
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