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Case:1 屋上遊園地と真っ赤な夕焼け
「夕焼け小焼け」の町内放送が流れている。
夏休みももうじき終わろうとしているというのにまだじっとしていても汗ばんでくるくらい蒸し暑く、コンクリートの照り返しは昼間の熱を貯め込んだままだ。
新沼こうたは薄いTシャツで汗を拭った。
一昨日から同じTシャツは薄汚れて酸っぱいにおいがする。
この町唯一のデパートであるここ「逆手デパート」の屋上遊園地は、まるでその存在を忘れ去られてしまったかのようにいつ来ても誰もいなかった。
屋上に出る階段は冷房がきいて涼しいし、
トイレも水飲み場もあるのでこうたは夏休みの間中ほぼ毎日ここに来ていた。
学校がある間の放課後やまだ比較的涼しい午前中は家の近くの神社で過ごしていたけれど、夏休みが始まり暑さが本格的になってからは一日中外で過ごすのには限界があった。
遊園地と言ってもかつてはあったであろう数々の遊具は、老朽化やら子供がけがをしたやらの理由で撤去され、どこを見ているのか分からないクマと、しっぽまで黒く塗られたパンダの、二体のばねで揺れる乗り物があるだけだった。
それでもこうたはここが好きだった。
まだ小学校に上がる前、
母が一度だけここの売店でソフトクリームを買ってくれたことがあった。
母の隣には父ではない男の人がいて、
母はつやつや光るショッピングバックをいくつも持ってよく笑っていた。
その男の人はそれから何回か家にいるのを見たけれど、こうたが小学生に上がったころから見ていない。
「帰りたくないな」
こうたは小さくつぶやいた。
朝からずっとおなかはすいているけれど、何回も水を飲んでやり過ごした。
こうたは自分の小さすぎる手と窮屈なズックに包まれた足を見た。
どこか遠くまで行ってしまいたいけれど、
まだ自転車にも乗れないこうたには自分に何ができるのか、自分みたいなこどもがいったい一人でどこに行けるのか分からなかった。
ふと、背後に涼しい風が吹いたような気がして、こうたは振り返った。
いつの間にか空は燃えるような夕焼けにすっぽりと包まれてしまっていて、コンクリートの床も、転落防止のフェンスも、ずっと閉店中の売店のシャッターも何もかもが赤く染められていた。
東の空からは薄闇が迫り、真っ赤な屋上の端の方からじりじりと暗い影が伸びてきている。
ふと、屋上の端に小さな祠があることに気が付いた。
「なんだろ、これ……」
デパートの屋上におよそ似つかわしくない祠は、うっそうと茂る下草や低木に隠れるようにして佇んでいた。
祠は木製で、こうたの胸のあたりほどしかない小さなものだ。
ちょうど屋上の入り口の扉の影に隠れてしまう位置だから、今までこうたも気が付かなかったのかもしれない。
まるで薄闇を吐き出しているかのように、
その祠のあたりはしっとりと湿った空気に包まれ暗かった。
こうたは呼び寄せられるようにその祠に近づいた。
祠の奥に、何か在る――。
こうたは祠の方へそっと手を伸ばした。
夕焼けはいっそう赤く燃えている。
チャイムの音はぴたりとやみ、音という音がすべて消えてしまったかのように静かだ。
スローモーションのように、こうたの細い指先が祠にかけられたしめ縄をゆっくりとくぐった、その時だった。
『越えたな』
年よりのような、それでいて子供ような声がこうたの頭の中に響いた。
全身の毛が逆立つような寒気が足元から一気に身体を駆け巡る。
こうたは思わずしりもちをつき、恐る恐る後ろを振り返った。
『遊ぼう、こうた』
そこにはこうたと同じ年恰好の子供が立っていた。
耳の下あたりできれいに切りそろえられたおかっぱがさらりと風に揺れる。
子どもは夕焼けのように真っ赤な花柄の着物を身に着け、背中には大きなリボンの形に結ばれた飾り帶が付いている。
白い両手には金の糸で刺繍の施された鞠を抱えていた。
『一緒に、遊ぼう』
子どもは小さな手をこうたに向かって伸ばす。
いつからだろうか。
ヒグラシの羽音が真っ赤に染まった空いっぱいに響いていた。
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