Case:1 彼岸花の少女

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Case:1 彼岸花の少女

「は?」 そこには見覚えのない風景が広がっていた。 開いたドアの向こうに、コンクリートの床が広がっており、艶々としたクマとパンダのばねで揺れる乗り物が主不在のままびよんびよんと揺れている。 その向こうにはにぎやかでチープな音楽を流しながら、小さな電車を模したカートがいくつも連なりレールの上を走っている。 カートの横の売店は賑やかさに反して無人で、ソフトクリームの食品サンプルがいくつも並んでいる。 辺りは一面真っ赤な夕焼けに染まり、乗り物も、カートも、売店も赤い夕陽に照らされていた。 しかし何よりも目を引くのは中央にしつらえられた、大きな講堂だった。 左右に大きく広がる屋根の下部には金の装飾がなされ、壮麗な彫刻の施された柱のようなものが入り口の天井付近に渡されてる。 講堂の床は少し高くなっていて、周囲を木の欄干が取り囲んでいた。 その欄干のふちにもたれかかるように夏みかんの木が枝をしならせており、大きな橙の実がたわわに実っている。 「なに……これ……」 茫然とした様子で花が呟く。 地面にへたり込み、目の前に広がる異様な光景と、事務所の中とを見比べる。 「境が、開いてる……」 陽明はドアノブを握ったまま、険しい表情で答えた。 「さかい?」 「あの世とこの世のはざまのことだ。 不用意に足を突っ込んでいい場所じゃねえ、いったん閉じて出直すぞ――」 「待って、あそこ!」 扉を閉めようとする陽明を花が遮った。 花の指し示す先、講堂の欄干から脚を出すようにして、子どもが二人、座っていた。 背格好は同じくらい、男の子のほうはよれた薄いTシャツにショートパンツ、女の子は真っ赤な着物姿で、背中に大きく結ばれたへこ帯が印象的だった。 二人とも素足をぶらぶらと揺らし、小さな手に持ちきれないほどの大きさの夏みかんを頬ばっていた。 「こうたくん!!」 言うや否や花は飛び出した。 講堂に向かって真っすぐに描けていく。 「おい、待て……!」 仕方なく陽明も地面を蹴った。 乗り物の間をすり抜けるように駆ける。 「こうたくん! こうたくん!」 花の呼びかけに、少年が気が付いてこちらを向く。 「神社の……お姉ちゃん?」 こうたの口から、夏みかんの果汁と一緒に声が零れ落ちる。 黒目がちな瞳は花と陽明の方に向けられてこそいるものの、何も映していないように見える。 「こうたくん帰ろう! お友達もみんな心配してるよ!」 走りながら花が叫ぶ。 こうたの大きな瞳が小さく揺れた。 しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には元の何も映さない暗闇がこうたの瞳を支配する。 「誰も心配なんかしてないよ」 こうたの口がそう動いたときだった。 花と陽明の足元、屋上いっぱいに赤い彼岸花の花弁が噴きだした。 彼岸花は一瞬であたりを埋め尽くし、 地面がせりあがってくるかのようにどんどん上に向かって伸びあがる。 「ちょ、なに、これ……!」 「花、戻れ! 巻き込まれるぞ!」 陽明は叫ぶが、二人とも彼岸花に脚をとられてうまく進むことができない。 こうたの隣に座っていた少女がすっくと立ちあがった。 花に向かって真っすぐに人差し指を伸ばすと軽く小首をかしげる。 真っすぐに切りそろえられたおかっぱがさらりと揺れた。 「お前、?」 「え……?」 花の身体ががくんと揺れた。 足元の彼岸花はいつの間にか花の太ももを伝い、胸元にまで這い上がっていた。 身体中に赤い花弁がまとわりつき、花は身動きがとれない。 「くっ……!」 陽明は自分に絡みついた彼岸花を引きちぎると花の腕をつかんだ。 そのまま思い切り花の身体を自分の方に向かって引く。 それと同時に、もう片方の手で事務所とつながるドアノブに手を伸ばした。 「花! ドアノブを掴め!」 陽明はおかっぱの少女に視線を向けたまま叫んだ。 講堂を中心に風が渦を巻き始める。 風は彼岸花の花弁を巻き上げ、鋭く陽明の身体を打ち付ける。 「邪魔をするな、小僧」 おかっぱの少女の口からしわがれた声が漏れる。 陽明と花に向かって突き付けられた指は 年寄りのように茶色く変色し節くれだっている。 伸びた爪は乾いて鋭く曲がっていた。 打ち付ける彼岸花の花弁と強風の向こうで、 奇妙にしゃがれた子供の声が響く。 「わしは捨てたものを拾うたまで」 「捨てた――?」 陽明が呟いたときだった。 「陽明、掴んだ!」 花が声を上げた。 吹き付ける強風に体勢を崩しつつも、指先でなんとかドアノブを掴んでいる。 「ドアを引け!」 「でも、こうたくんが!」 「今は無理だ! 諦めろ!」 陽明に言われ、花はドアノブを掴んだ腕に力を籠める。 抵抗するかのように風はより強く吹き荒れる。 花は薄く目を開け、講堂の方を見た。 ドアはじりじりと少しずつ閉じられていく。 吹き荒れる赤い花弁の向こうで、こうたがじっとこちらを見つめている。 「こうたくん! 私! 花だよ!   必ず、必ず迎えに行くからね!」 ドアが閉まる直前、花はこうたに向かって叫んだ。 神社のお姉ちゃん、とこうたの唇が動いたのを花は最期に見た気がした。
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