親友への報告

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親友への報告

「それで観念したと……。へえ、あんなに嫌がっていたのに結構呆気なかったわね」 「うるさいな……だって仕方ないでしょ」  仕事後、会社から数駅離れたダイニングバーで、美味しい食事とお酒を楽しみながら知紗に報告をすると、彼女が得意げに笑う。さも予想どおりになったという顔をしている彼女をジト目で睨みながら、グラスに注がれたワインを一口飲んだ。 「まあ社長、あんたには甘々だもんね。構いたいオーラがびしびし出てるし。いいんじゃないの? 社長なら瑞希を幸せにしてくれるわよ」 「そ、そうかな?」 「うん」  断言されて少し照れてしまう。瑞希は頬を染めて、目を伏せた。 (康弘さんったらそんなに分かりやすく態度に出してたんだ……。まあ天崎さんに協力を依頼するくらいだから最初から隠すつもりないんだろうな)  知らぬ間に同僚を抱き込まれていたことを思い出し、苦々しく笑う。 「……ありがとう。まだ戸惑うことも多いけど歩み寄れるように頑張ってみようかなと思う。なんでもやってみないと分からないものね……」  だが、今夜にでも引っ越してこいは承服しかねるものがある。なので、終業時間と共に知紗を連れて会社から逃げたのだ。 (康弘さん、押しが強いからあまり流されないように気をつけなきゃ。負けちゃ駄目よ、私)  ちらりとスマートフォンを見る。  先ほどから何度も電話が鳴っているのをみるに、康弘に逃げたことがバレたのだと思う。瑞希はそっと電源を落とした。 「あんたが前を向く気になって良かったわ。それだけでも社長には感謝ね」 「うん。今まで心配かけてごめんね」 「いいのよ、さあ飲もう」  知紗がグラスを掲げたのでカチンと合わせる。そのままグイッと呷るように飲み干した。 「ちょっと。一杯目から飛ばしすぎよ。大丈夫なの?」 「明日は休みだから大丈夫よ」  心配してくれる知紗にニコリと笑って、空になったグラスに再度ワインを注ぐ。  康弘と交際することに異議はないが、父の対応には気に入らないものがある。正直なところ、飲まないとやってられないのだ。 「実はね、あのあとパパに報告の電話をしたんだけど……あの人、裏で康弘さんと共謀してたのよ。信じられる?」 「え……そうなの? あ、でもそれだけお見合いを成功させたかったのかしら。ま、まあ結果的に付き合うことになったんだから別にいいじゃないの」 「それはそうだけど……自分の知らないところで勝手に画策されてるのは気分が悪いのよ。心配してくれているのも分かるし、色々考えてくれているのも分かっているんだけど……」  康弘にすべてを任せたということには納得がいかないし、同棲も許さないでほしかった。だが、父は抗議した娘に対し『もう二十八歳なのだから、それくらい当人同士で決められるだろう』と言い放ったのだ。  間違えてはいないが、ムカつくものはムカつくのだ。  瑞希が再び呷るようにお酒を飲むと、それを見ていた知紗が小さく息をつく。 「まあ最近変化が目紛しいものね。受け入れることを決めたからって不満がないわけじゃないか……。よし今日は飲もう! ここ、ワインのほかにカクテルもすごく美味しいのよ。お父様のことや社長のことは、また明日考えればいいわ」 「そうね、そうする」 (今は何もかも忘れていっぱい飲んで食べよう。いつから同棲するとかは、また後日話し合えばいいや)  知紗が渡してくれたメニューを見ながら、二人でわいわいとカクテルを選んだ。 「瑞希。瑞希ってば……起きて。飲みすぎよ……」 「……ん」  ゆさゆさと揺すられる。まだ眠いのにと眉間に皺を寄せて、その手を無視した。すると、メニューでパシーンと頭を叩かれる。  突如走る痛みに頭を押さえて小さく抗議の声を上げた。 「痛っ! 急に何するのよ」 「やっと起きた! 飲みすぎだし寝すぎなのよ! もうすぐ終電だから早く起きて」 「へ? もう終電? おかしいな。そんなに時間経った?」  言われるほど飲んだつもりないのになとフワフワした頭で考えていると、知紗が立ち上がった。ゆっくりと顔を動かして彼女を見上げると、彼女が目の前に瑞希のスマートフォンを置く。 「迎えを呼ぼうと思って電源つけたら社長からの着信があったから、とりあえず社長に連絡しておいたわ。だから、あとは彼に送ってもらってね。私はもう帰るから」 「え……」 (社長に連絡した?)  信じられない言葉が耳に響いて目を見張る。その瞬間、聞き慣れた声がして体がわなないた。 「相馬さん、連絡ありがとうございます。こんな時間に一人で帰るのは危険なので少し待ってください。秘書の市岡に送らせるので」 「ありがとうございます。瑞希のこと頼みますね」 「もちろんです。任せてください」 (え……?)  康弘と知紗が話しているところを見ていると、眠気が覚めていく。 (どうして? どうしてここにいるの?)  酔いのまわった頭ではうまく状況を理解できず目を瞬かせていると、康弘の手が肩に触れた。こわごわと見上げると彼の気遣わしげな視線と目が合う。 「瑞希さんも帰りましょう。立てますか?」 「……どうしてここにいるんですか? ここ会社から少し離れてるのに……」 「相馬さんから瑞希さんがとても酔っていて手に負えないから迎えに来てほしいと連絡をいただきました」  そういえば知紗がそんなことを言っていた気がするなと、ぼんやり考えながらふらつく足で立ち上がった。 「そうですか。でも私、まだ帰りたくないので……」  支えてくれる康弘を押しのけようとしたが、力が入らずに転びそうになった。が、すぐに手が伸びてきて抱きとめてくれる。そして宥められながら、康弘に車に乗せられた。  瑞希が駄々を捏ねても彼は気にとめずシートベルトを止め、ミネラルウォーターを手渡してくる。よく冷えたペットボトルをぎゅっと掴みながら俯いた。 「水を飲んでください。もし気持ちが悪いなどありましたら、遠慮なく言ってくださいね」 「……私みたいな酔っ払いを車に乗せて、もし吐いちゃったりしたらどうするんですか? 責任取れませんよ」 「別に構いませんので辛いなら我慢しないでください」 「で、でも……」  ごにょごにょと口籠もっている瑞希に、彼はフッと笑い車を発進させた。  その後は一度瑞希の部屋に寄って数日分の着替えなどのお泊まりセットを取りに行ってから、康弘の自宅へ向かう。 (さすがの康弘さんでも酔っ払いを抱く気持ちにはならないだろうし、警戒する必要はないかな)  この状態で反論しても論破されそうな気がしたので、そう自分に言い聞かせて大人しく彼について行くことにした。
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