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冷えていくお弁当
(あのまま置いてきて本当に良かったのかしら)
康弘によって鍵まで閉められたドアを複雑な心境で見つめる。彼は先ほどの出来事を忘れたかのように嬉しそうにお弁当を食べているが、瑞希はそういうわけにはいかない。正直なところ気になって仕方がないのだ。
(まあ二人で話すのが一番だと思うし、知紗のことだからうまくやるだろうけど……)
これ以上首を突っ込むのは野暮というもの。康弘もそう判断したからこそ、気をきかせて二人きりにしてあげたんだろう。
瑞希はそう納得して、もう一つの気になることを尋ねるために康弘に体を向けた。
「康弘さんと市岡さんってすごく仲がいいんですね。仕事中の二人の雰囲気と違っていて、少し驚いちゃいました。実は付き合いが長いんですか?」
「ええ。家同士が懇意にしているので、子供の頃から仲がいいんですよ。あいつは普段は有能なんですが、恋愛が絡むとからきし駄目で。そこをずっと心配していたんですが、相馬さんなら瑞希の友人ですし、安心して任せられます」
(市岡さんとも幼馴染みなのね……。康弘さんにとって市岡さんは弟的な感じなのかな?)
仕事では――市岡は秘書として完璧に康弘をサポートしているイメージだが、プライベートでは違うようだ。
少しずつ康弘を知れて嬉しい反面、家族のように大切にされている市岡が羨ましくもなった。
(私と康弘さんもずっと付き合いを続けていたら、もっと近しい関係だったのかしら)
せっかく過去に関わりがあるのに、お互い覚えていないのが寂しい。だが、だからこそお見合いをして今がある。
瑞希と市岡は立場も関係性も全く違うのだからそもそも妬くこと自体おかしいのだ。そうは頭では理解しても、心では二人の絆を羨んでしまう。
(私たちだってこれから育んでいけばいいのよ。……好きになると欲張りになるから困るわ)
瑞希が複雑な心持ちでお茶を飲んでいると、康弘が瑞希の左手を握った。弾かれたように顔を横に向けると、少しバツが悪そうな顔をしている彼がいた。
(康弘さん?)
「四人で食事をしようと誘ったのに、結局別々になってしまいすみませんでした。彼らで話し合ったほうがいいと考えたのもありますが、懸念がなくなったのなら……瑞希と二人きりになりたいと思ってしまって」
しゅんとした顔で頭を下げる康弘がすごく可愛く見えて、瑞希は先ほどの複雑な思いがどこかに飛んでいき彼に見惚れた。瑞希が呆けていると彼が「瑞希?」と顔を覗き込んでくる。
「私も二人きりになれて嬉しいです。知紗と市岡さんだって、きっと今頃話し合いが終わってイチャイチャしてると思いますよ……っきゃあ!」
瑞希がはにかみながらそう言うと、康弘が瑞希を抱き上げ膝の上に座らせた。突然向かい合うように跨らせられて、思わず体が逃げてしまうが強く抱き締められているのでおりられない。
瑞希が戸惑っていると、彼は秋波たっぷりの目で瑞希を見つめながら頬に触れ、その手を唇へと滑らせた。
「では俺たちもイチャイチャしましょうか。今から俺だけを見てください」
「はい」
こくんと頷くと、「いい子だ」とキスをしてくれる。優しく包み込んでくれる腕の温かさが心地良くて、瑞希は目を閉じて身を委ねた。
「ん……っ」
重なっては離れて、また重なり合う。徐々に激しさを増すキスに瑞希が溺れそうになった時、名残惜しげに唇が離れていく。
「瑞希。そろそろお弁当を食べないと時間がなくなりますよ。いいんですか?」
(そ、そんな目で見ないで……ここ会社なのに……)
これ以上は駄目だと言っているはずの彼の目がとても熱い。まるで食べられてしまいそうな彼の熱い眼差しに瑞希は目が離せなかった。
会社じゃなかったらこの衝動に身を任せて彼とのキスに溺れていられたのに……。そんなことを考えながら、康弘に抱きついたままジッとしていると、彼が瑞希の太ももをさする。
「続きは帰ってから家でしましょうか?」
「は、はい……ぁ、駄目っ」
「駄目って、どっちが? さわること? それともやめること?」
彼の意地悪な声が鼓膜を揺らす。彼が触れた唇も、太ももも、熱い。康弘は体を震わせる瑞希を楽しそうに眺めながら、服を乱していった。スカートを捲りあげ、シャツのボタンがいくつか外される。
「瑞希。今度、出かけましょうか?」
「ふぇ? ん、んぅ……あっ」
「結婚式が予定よりも早まったので、ここ最近準備に追われてばかりで忙しかったですし息抜きも兼ねて出掛けませんか?」
「も……そこ、やぁっ」
彼の気遣いは嬉しいが話しながら体を触るのはやめてほしい。康弘はくすくす笑いながら、瑞希の鎖骨に舌を這わせた。
「それにウェディングドレスもお母様のを手直しして着ることになったでしょう。親から子へ受け継げるのは素晴らしいことではありますが、俺としては瑞希に似合うものを一からフルオーダーしたかったんです。俺好みに着飾らせて、それを脱がせたかったのに……」
「……あっ!」
「もちろん白い服ならウェディングドレスより白衣のほうが好きなのは分かってますが、俺は瑞希に服を贈りたいんです。許してくれますか?」
真っ赤になった瑞希の頬に手を添えながら、ニコリと微笑む康弘になんと返していか分からず、瑞希は目を逸らした。その瞬間、太ももの外側を撫でていた手が内側にすべる。
「……っ!」
これ以上は駄目だ。これ以上すると歯止めが効かなくなる。
瑞希は不埒な康弘の手をがしっと掴んで叫んだ。
「ス、ストップ! ほ、本当にこれ以上は駄目です。康弘さんは私がお腹を空かせたまま午後の仕事にいかなきゃならなくなってもいいんですか?」
「それは困りますね」
パッと手を離してくれる彼の膝から、ふらつきながら降りる。すかさず支えてくれる彼にお礼を言おうとすると、頬にちゅっとキスをされた。
(もう! 油断も隙もないんだから……!)
「瑞希。それより先ほどの返事は?」
「え? えっと……お出掛けできるは嬉しいけど、脱がせるための服をわざわざ仕立てるのは嫌です。そんなのお金の無駄ですし。……エッチ用の服が欲しいなら、通販でセクシーなランジェリーでも買えばいいでしょ。それなら着てあげますから」
「瑞希は知らないんですか? 男が女性に服をプレゼントするのは脱がせるためなんですよ。だから無駄なんてことは絶対にあり得ない。でも着てもいいという言葉をもらえたので、今回はそれで譲歩してあげます」
そんなに自信満々に言わないでほしい。
瑞希は、スマートフォンで下着の通販のページを見ながらとても楽しそうに選びはじめた康弘に冷ややかな視線を送り嘆息した。
「康弘さんのエッチ……」
「なんとでもどうぞ」
何を言っても無駄そうなので、瑞希はもう放っておいてお弁当を食べることにした。
(せっかく温めたのにお弁当冷えちゃってる……)
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