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見つけた(康弘視点)
(やはり可愛いな……)
瑞希との些細な触れ合いが楽しく、自然と頬が緩む。
「おはようございます、社長」
「おはよう」
締まりのない顔で社長室に入ると秘書の市岡が含みのある笑みを向けてくる。気にはなったが、何食わぬ顔で彼の前を通り過ぎ、重厚な造りのデスクに鞄を乗せ、椅子に腰かけた。
「見ましたよ。原田さんと良い感じじゃないですか。社長があのように女性を気にかけるのは珍しいので、少し驚きました」
「未来の妻に優しくするのは当然のことだろう」
「……」
「そんな顔をするな。冗談だ」
げんなりした顔の市岡に咳払いをすると、彼がじっとりとした視線を向けてくる。
「婚姻届にサインさせようとしたんですから本気でしょう。さすがにあれは引かれるので今後はやめたほうがいいですよ」
「あれは……本気で書かせようとしたわけじゃない。どんな反応をするか見たかっただけだ」
頭を掻きながら、きまり悪げにポソポソと返す。
なぜかは分からないが彼女のことは無性に構いたくなる。見合いの翌日に出会った同じ名前の女性だからかもしれないが、とても興味を惹かれるのだ。
瑞希のあの時の表情を思い出すだけで、自然と笑みがこぼれる。予想以上の反応は、康弘の心を大きく揺さぶった。
(可愛かったな。やはりあのリアクションを見るに、本人なのだろうな)
「……メイクや服装が違うせいかかなり雰囲気は変わっているが、声や背格好は同じように思う。俺としては彼女が見合い相手で間違いないと踏んでいるんだが、市岡はどう思う?」
「僕も同じ人だと思います。念のために社員名簿を確認しますか? もしも勝手に覗き見るようで抵抗があるなら原田さんのお父上に聞いてみるのも手だと思います」
「いやいい。彼女の口から直接聞くから」
(社員名簿や原田社長に確認すればいとも容易く解決するのだろうが、それでは面白くない)
しばらくはこの戯れを楽しみたい。
瑞希は揶揄うととても可愛い反応をしてくれる。それが楽しくて、いけないとは思いつつもちょっかいをかけてしまうのだ。
(好きな子をいじめたくなる心理と同じだろうか……。優しくもしてやりたいし困らせてもやりたくなる)
不思議な感情だ。
康弘は背もたれに体を預け、小さく息をついた。
「とりあえず彼女がいつ社長室に遊びに来てもいいように、女性が好みそうな紅茶やお菓子を用意しておいてくれ。俺が不在の時も追い返したりせずに待たせておいてほしい」
「かしこまりました。ですが、絶対に来ないと思いますけどね」
「それは分からないじゃないか。絶対などと決めつけてしまうのは非常にもったいない。どんな時でも多面的に物事を予測しておかなければ……。市岡、俺は決めたことは必ず実行する。瑞希さんと結婚するぞ」
(創薬研究者である彼女が創り出したものを俺が世に送り出す。素晴らしい関係じゃないか)
これ以上ないパートナーだと思うのだが、そこのところ彼女はどう考えているんだろうか。
瑞希は一生懸命で努力家だ。過去に彼女がした研究発表についても見せてもらったが、とても真摯に向き合っているのがよく分かった。好きなことを直向きに頑張っている人はやはり魅力がある。
まだ出会って間もないが、彼女となら良い関係が築けると確信できる。
「承知しました。では、まず原田瑞希さんからOKの返事をもらってきてください。できればすぐに」
「すぐには無理だ。一度断られているんだぞ。仕事と同じで、焦らず長期的に構えたほうが良い結果を生み出しやすい。だからもう少し待ってくれ」
「いえ、待てません。今朝、会長からご連絡がありました。一週間以内に色好い返事がもらえなければ時間の無駄なので、また見合いをしろと……」
「……そうか」
ニコリと微笑み平静を装いながら、心の中で舌打ちをする。
会社を任されるにあたって古い体制を変えたいと考えた。が、父は変化を嫌った。かなり揉めたせいで、正直親子仲はよくない。いや、とても悪い。
そこまで会社のことを思うなら利益になる家の令嬢と結婚しろとは言うが、父が見つけてくる相手は高飛車で驕慢なお嬢様ばかり……
単純に嫌がらせがしたいのだ、あの人は。
(働かず親のカードで好き放題遊びまわっている人と結婚しても会社のためになるとは思わないのだが……)
でも、今回は違う。先方からの申し出だったこともあるのだろうが、初めて普通の――いや、とても好感がもてる女性だったのだ。彼女でなければ嫌だとさえ思った。
(さてどうしたものか……)
強硬手段に出れば、瑞希に自分が見合い相手だと自白させることは可能だろう。だが、そうすれば彼女は康弘を嫌うかもしれない。
始まりは見合いでも、できることなら心を通わせたいのにそれではいけない。瑞希も納得したうえでなければ……
「……分かった。至急、何かいい手を考えておく」
今は仕事が楽しい時期だろうし、結婚を邪魔に思っているのだろう。むしろキャリアを傷つけると考えているのかもしれない。
(ならば、まずその不安を取り除いてやるのが先か……)
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