不幸ヤンキー、"狼"を間違える。【1】

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不幸ヤンキー、"狼"を間違える。【1】

 9月初旬。ついにこの時期がやってきたのだ! 「そんじゃあ文化祭、俺たちは執事兼メイド喫茶で! …さすがにメイドは女の子でもみんな良いよな?」 「当たり前だ!」 「何を言うか。そうしろ~!」  男子たちの声援が上がれば女子も女子で声上げて応戦する。 「男子たちが変なこと言ってる~!」 「変な目で見ないでよね!」  そんな皆の談話中に黒板に書かれた料理班のメンバーには幸やフライが書かれていた。  今回は喫茶店なので軽食がメインとなる。主にサンドイッチやクッキーなどだ。そして、そこにコーヒーや紅茶などを付けるという感じらしい。  …俺もみんなでワイワイしたかったなぁ…。  料理は一応得意であるので料理班には入ったが、本当は執事もやってみたかった幸がいたのだが…しかし、持ち前の天邪鬼さで見事に言えずにこちらに回ってしまったのだ。  皆が店員班や料理班などに分かれて会議をすれば、料理リーダーが幸に笑いかける。不思議に思う幸ではあったが彼は言った。 「なんか彼岸花とこんな形で話せるとは思わなかったな~。よろしくな!」  するとクラスメートの女子まで話しかけに来たのだ。 「本当にそうだよね~!」 「一緒に頑張ろ~。として!」  恐らく、連続"凍死"事件以降に話しかけようとしたが話せずにいたクラスメートもいたらしい。そんな彼らに、幸はお得意のツン発言をしようとするがそれを(はば)む者が居た。 「みんながそう言ってくれるとさっちゃんが喜ぶよ~。ねっ、さっちゃん!」  親友のフライがにっこりと笑って言えば幸は顔を赤くして顔を背ける。 「別に…んなことねぇし?」 「またまた~。みんな大丈夫だから!」  そして彼は幸よりも小柄で華奢な体であるにも関わらず、皆に親友が馴染めるようにこんな言葉掛けをするのだ。 「さっちゃんはすんごい、すんご~い…素直じゃないだけだから、みんな安心してね!」  フライが幸のフォローをしつつ場を和ませて1回目の料理班の会議は終了した。  帰り支度をしつつも幸は溜息を吐いていた。するとそれを見たフライが幸に駆け寄る。 「どうしたの、さっちゃん。なんかあった…?」  フライの問い掛けに幸はカバンからとある紙を渡す。それは夏休み前に配られた進路希望によるものであった。 「あー、これか~。そりゃあ悩むよね…」  フライが同調すれば幸は再び深い溜息を吐いて言う。 「俺さ、オープンキャンパス事態よく分かんないし…。どこに行きたいのかさえも分かんなくて…」 「…僕、さっちゃんはてっきり調理系か、体育会系に行くと思ってたけど…違うの?」 「……あんまり行こうとは思ってないな。そんなに興味ないというか」 「へぇ~、なんか意外! でも、そしたら辻褄あうね~。…だからさっちゃん、だからこの文理クラス来たんだ~。…頭使うの苦手なのに?」 「うっさい、知っとるわ。」   フライの幸への愛情表現はさておき。紙には第1希望から第3希望まで”未定”と書かれた幸のアンケートにフライはこのような提案をするのだ。 「じゃあさ、文化祭終わったらオープンキャンパス行ってみよーよ~。も誘って!」  という言葉に幸は一瞬考え込んでから、思い出すように言葉に出していた。それは親友の勇翔(フライ)を自身が名付けたおかげで分かったのである。 「…って、あいつか、速度のことか!」 「そうそう!」 「…俺たちと同じ学年なのか~。あいつ」  するとフライは軽く首を振った。 「違うけど、オープンキャンパスには興味があるんだって~」 「…へぇ~。じゃあ高3か?」  するとフライは首を横に振って訂正する。 「1個下だって聞いてるよ。でも今のうちに将来のこと考えてて偉いよね~」  連続無差別"狼"事件の対戦後の片付けで親しくなったのか、あやめのことを嬉々として話すフライに幸は軽い冗談を言い放つのだ。 「なんか、良いな…。お前が俺以外でもこんな風に笑うのは。…スピードかお前のどっちかが女だったら良かったのに」  幸の何気ない発言にフライは慌てふためく。 「なっ、何言ってるの、さっちゃん!? 僕は…別に…」 「まあ…、とか言って俺みたいなこともあるからなんとも言えないけどな~」 「…さっちゃんがあいつと別れるならスピード君と付き合うけど?」  さらりと酷いことを言うフライに幸は笑って返すが、たとえ親友でさえも自分の気持ちは変わらない。 「別れるつもりは無いっての」  首元に秘めたネックレスを揺らめかせて、幸は笑ってフライと帰るのであった。 「花~、今日はもう上がって良いぞ~!」 「あざ~すっ! それじゃあ失礼します~」  幸がゴミの処理を終えて帰ろうとすれば突然、店長がこのようなことを言い始める。 「花はさ…。もう進路は決まってるのか?」 「…進路って大学、とかですか?」  店主が大きく頷けば言葉を発したのだ。 「いや~。花みたいに真面目に働いてくれて器用な奴がこっちで働いてくれると助かるんだよな~…」 「…あ、ありがとうございます」  褒め慣れていないので幸は恥ずかしさのあまり顔を背けようとするが店主は続けて話していく。 「さすがに、受験期とか忙しい時は出させるつもりはないんだけどよ! だから…その―」  ―大学へ行ってもこっちで働いてくれないか?  店主の言葉に幸は心が温まる感覚がした。だから自身も言葉を発したのだ。 「…ありがたいです。俺、見た目も評判も悪いからなかなか働けないだろうし…。嬉しいです。だから―」  ―ここで働かせて下さい。 「本当に、本当に、ありがとうございます。」  頭を下げて礼をすれば今度は店主が嬉しそうな表情を見せるのだ。 「おおう! 良いってもんよ!」  少々、店主も恥ずかしそうにしている店主に幸は気づいてはいない。だが彼は自分自身が認められたような気がして堪らなく嬉しかった。  ―しかし鈍感な店主にも気づかなかったようだが。そんな店主は話を逸らすように顔をある人物に向けた。 「ああ、そうだ…が待ってるぞ?」  店主が客席のカウンターを指差せば、哉太がのんびりとハイボールとアジフライを食べていた。珍しくお酒を嗜んでいるのにも驚くが、そんなことよりも彼に会えて幸は嬉しかったようだ。天邪鬼な(ゆえ)、嬉々とした表情を見せぬように着替えて店内へと行き、哉太に声を掛けた。 「お疲れ様…だな。もう少しゆっくりしてる?」  幸の言葉に少しほろよい気味の哉太はにっこりと笑った。サングラスが外れかかっていたので薄い深紅の瞳が輝いている。 「ううん。一緒にかえろ~? …でもちょっと飲みすぎた~。少し寝かせて~?」  隣にくっついて眠る哉太を見て幸の顔が綻んだ。
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