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不幸ヤンキー、”狼”に興味を持つ。【3】
その週の日曜日。心との面会がてら取材にて哉太が行こうとした…はずの予定であった。
「はっはっは~。…もう一度言ってみろ、場磁石?」
笑ってはいるがかなり怒っている様子の撫子など気にもせず、哉太は喫煙室にて煙草を吸っては吐き出す。そして身勝手極まりない発言をするのだ。
「やっぱ無理だって言ってんの~。だって取材とは言えさ、あんな小さな子に俺のあんな過去やそんな過去までバレるんでしょ? …嫌に決まってんじゃん~」
あまりにも勝手が過ぎる哉太へ撫子は笑ってはいるが、内心でも哉太に殴りかかろうと思ってしまう。だがなんとか堪えて言葉を述べた。
「…お前は自分が嫌だったら担当編集を困らせても良いと思ってんな?」
すると哉太は違う意味での笑みを浮かべるのだ。自分を肯定させる意味で。
「うん、良いと思ってる。自分を大切にしないと人を大切に出来ないじゃん~」
吐き出した煙に哉太がにこりと笑うと撫子は盛大な溜息を吐いてから大きく笑って煙草を取り出して火を付けた。そして普段通りに豪快に笑う。
「はっはっは!!! まあお前がそう言うと思ったからな~。秘密兵器を2つ持ってきたぞ?」
吐き出された煙から紡ぎ出された撫子の言葉は、相変わらずわがままな哉太には容易に分かり切っていた。だが依然として無駄に元気よく笑っている撫子に哉太は煙草の火を消してから首を傾げる。
「…秘密兵器って躑躅のことでしょ。あと1つは何よ?」
疑問を浮かべている哉太に撫子は嫌なくらいにっこりと笑うのだ。
「それはお楽しみだ!」
「……はぁ?」
「いやぁ~、あの少女に取材できるなんてな~!」
「…まあいいや。俺はどっかでブラついてるから~」
しかしこの時の哉太は知りもしない。撫子が日頃の恨みをとある人物に言って説教を受けさせようとしているという事実に。
哉太は現在、自身の人嫌いをここまで呪ったことは無いほどの後悔を感じながら、正座をしている。
―その視線の先には、普段からギラついてる瞳をさらに鋭くさせた赤髪の青年…彼岸花 幸と言う名の恋人に説教を受けているからだ。
「あんた俺に言ったよな、ちゃんと仕事してくるって。それなのになんで今、30分は正座させて足を痺れさせてでも俺がこんなに怒ってんのか…あんた分かってんのか?」
「…大体はワカッテいます」
明らかに怒っている様子の幸は、そこらの不良がちびりだすほどの鬼の形相をしている。普段であれば本人も気にしているので笑顔の練習をよくしている苦労者ではあるのだが…今回はその表情筋は怒りの方へと向いていた。
「その割には、撫子さんやら躑躅さんを困らせて、挙句の果てにはどこかへ遊びに行くと」
「…はい」
「撫子さんから聞いたぞ。あんた人嫌いだけど性欲は人並み異常なもんだから、面倒なことは躑躅さんや撫子さんに押し付けて自分は遊んでいたらしいな?」
年下ではあるものの、さすがに怒気を孕ませたヤンキーに哉太は少々たじろいでいる。そんな彼の心情などつゆ知らず、幸は仁王立ちをしてから説教をするのだ。
「あんたはまずは周囲の人間に感謝すべきだ。あんたみたいにワガママで横暴で身勝手な奴を真摯に面倒見てくれている人にちゃんと感謝をしろ」
幸が難しい言葉を使用したので哉太は話題を逸らそうと企むが…。
「し…真摯だなんて言葉、よく使えたね~。お兄さん驚いて―」
「話を逸らすな、変態狼」
冷たい言葉に哉太が静かになれば幸は哉太に近づいてかと思えば、少し悲しそうな顔をした。どうしたのだろうと思いながら、足の痺れと必死に闘っている哉太に彼は切なげな声を出す。
「俺と初めて会った時だって…本当は仕事かなんかがあったけど、それを放って暇だったから俺に…あんなことしたんだろ?」
「え…」
図星は突かれてしまったがそんな簡単な理由で青少年に手を出すほど哉太は馬鹿では無い。恐らく自分は女だろうが男だろうがどちらでも構わない人間だ。
―最低だと自負しているが、性行為が出来て嵌められれば…というクズ人間。
…でも、それでも。花ちゃんは…違う!
「あの時は死ぬかと思ったから本当に助かったし感謝もしてるけど…。結局は俺ってそれだけの人間だったんだな~って思ったら…なんか悲し―」
「それは、それは少し違うって、って…いだぁっ!!?」
―――ドスッッ!!!
「か…なたさん、平気か?」
正座から足を即座に崩そうとすれば、案の定、慣れない正座によって足が痺れて滑稽なこけ方をしてしまう哉太。
―だが彼はそれでも弁解をしたかった。
「確かにあの時は…そういう気持ちが無かったかってなったら嘘になるけど。…でも、人間嫌いな俺にこんな気持ち…”好き”とか”独り占めしたい”とか。…そんな気持ちをくれたのは花ちゃんだけだよ!」
「哉太…さん」
「花ちゃんを傷付けたこともあったし、今も傷付けたけど…それでも、俺、花ちゃんが…幸がこの世で一番好き。一生好き。…愛してる…から」
最後の言葉は哉太自身も言い慣れていなかったようで口ごもってしまった発言になってしまった。だがそれでも幸は嬉しかった。
「哉太さん…ありがとうな。だから―」
自身が胸にかけているリングネックレスを取り出して哉太におもむろに見せてから…足を崩して未だに立てないでいる哉太の額にそっとキスを落とす。
―――チュッ。
少し恥ずかしがるようにはにかんだ笑顔に哉太が呆然と見れば幸は言葉を掛けるのだ。
「俺さ、哉太さんのおかげで少し自分の将来に希望が持てたんだ。…今までずっと1人だったから。俺を愛してくれた人はもうこの世に居ないから。…どうでもいいやっていう俺の将来に光を与えてくれたのは…哉太さんだけだよ?」
「…花ちゃん」
哉太が痺れる足を抑えながら立ち上がろうとすれば、先ほどまで冷たいほど鋭い目つきになっていた幸がいつの間にか顔を綻ばせて手を差し出した。
―哉太にとって今の幸は、まるで天使のように錯覚してしまうほど優しげな笑みしている気がした。そんな幸ではあるが哉太の手を取ってから立ち上がらせ、肩を貸してからあるお願いをする。
「だから哉太さんも、ちゃんと撫子さんや躑躅さんにお礼を言わないとな?」
「……うん」
「せっかく恵まれた環境に居るんだから。…あと春夏冬さんにも」
「…うん」
赤髪の天使の言いつけに堕落した狼は、大きく頷くことしか出来なかったのであった。
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