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不幸ヤンキー、"狼"を迎え撃つ。【2】
授業が終わり帰り支度をする幸は、いつもなら持ち歩かない参考書やら教科書やらをリュックに入れていた。
―そんな普段ならすることの無かった彼の行動に感激する青年が1人。
「さっちゃん…。やっとやる気になってくれたんだね。…僕、嬉しすぎて泣いちゃうよ」
「…このぐらいで泣くなよ。まったく」
泣き出しそうな表情を見せるフライに幸が溜息を吐けば、通路を通って現れた美少女が話し掛けるのだ。
「でも幸くん。フライくんと一緒にオープンキャンパス行ってから変わったよね~!」
「え…そうか?」
「うん。前よりも勉強とか頑張っているし!」
ジュジュが笑いながら話し掛けてくれるのだが、最近の幸は彼女に対し複雑な思いを抱いている。
…哉太さんから聞いてるけど…。ジュジュちゃんって何者なんだろう。結局、あのアメに関しても…分からずじまいだし。
―なんで俺に近付いたんだろう?
「…幸くん、どうかしたかな?」
ジュジュに顔を覗き込まれた幸は狼狽をして言い訳を考える。というよりも、こんな美少女かつ好意を抱いていた相手に間近で見つめられてしまえば誰だって慌てるはずだ。…その1人が、天邪鬼すぎて本人に嫌われてると思い込まれていた幸である。
「いや、何でもねぇよ!」
「…どうしたの、慌てちゃって」
「いや、あの…。ちょっと前までは、こうやって話すのとか慣れてなかったのにな~って思っただけ!」
無難に会話を逸らせばジュジュは軽やかに微笑んで思い出すように語る。…フライに少しニヤつかれてさらに羞恥心を抱いたが。
「あの時は幸くんに嫌われているのかと思ってたよ~。良かった~、嫌われていなくて!」
にっこりと聖女のように微笑むジュジュの姿に鼓動をは寝させた。だがそんな自分の心情に蓋をして幸は完全に話題を逸らそうと試みる。
「そうだ。…2人ともさ、妹さんの…春夏冬さんの所行かね?」
「え、うららさんの所に?」
「…今、大変らしいけど。心配だな~って」
幸が小声で話し掛ければフライは思い出したように伝える。
「うららさん…そうだよね。あの有名子役だったっていう噂も後を断たないし。…本人自身も公表していないらしいしね。…今、ネットニュースでも話題だし」
するとジュジュも小声で彼らに話し掛ける。
「私、ニュースで見たんだけど…、報道陣が家まで来て押しかけてるんだよね。…行って平気なの…かな?」
心配をしているジュジュに幸は自身ありげな表情を見せたのだ。
「そこは大丈夫、避難地があるからな。…フライは1度行ったことある所だから覚えてると思うんだけど…」
「…どこ?」
すると幸も声を小さくして場所を示したのだ。
「燕君の洋館だ」
「あぁっ…あの子の?」
「そうなんだよ。妹さんと春夏冬さんはそこで世話になってるらしくてな」
「…そうだったんだ~、あの子のお家にね~」
驚く様子のフライに幸がジュジュにその場所へ紹介しようと意気込んだ。ジュジュは麗永はもちろん、うららの存在も知っているし、優しくて明るい彼女のことだ。傷心しているうららを励ましてくれると考えた。だから彼女も誘う。
「ジュジュちゃんも行かね?」
「…私も良いのかな?」
「大丈夫だと思う。それに燕君のコーヒー、すごく美味しいし、茶菓子も美味いんだ。…だから味を盗みがてら、妹さんに会おうかと」
どういう動機だという幸にフライも呆れつつも彼の誘いに乗ることにした。
「味を盗むって…、まあいいや。僕も行く~。…ジュジュさんもどうかな?」
するとジュジュは少し悲しげな表情を見せてやんわりと断ったのである。
「ごめんね。…少し用事があるんだ~」
「そっか…、残念だな…」
「また今度誘ってくれないかな?」
こちらも同様に悲しげな表情を見せる幸。彼女が来てくれた方がうららも楽しくなれると思ったから。そんな彼にフライは背中を叩いて元気づけるのだ。
「まあまあ~、ジュジュさんも忙しいんだから。…塾とかお稽古とかだよね?」
「えっと、まあ…」
「じゃあ仕方ないよ~。ほら、さっちゃんも悲しまずに行くよ。男2人で行くからって悲しいと思うのはやめようね~」
「思ってねぇよ、アホっ!」
フライが皮肉を言いつつ2人は、手を振ってジュジュと別れ燕の洋館へ行く為に廊下を抜ける。
残されたジュジュは自身の隠された脚を撫でた。…そこには、大腿には大きな数字の入れ墨が施されていたのだ。そんな彼女は自分を”人間”として接してくれる2人に深い罪悪感と悲しみを抱く。そして呟くのだ。
「今はまだダメだよ…。私は人間じゃないから。私は」
―人形だから。
彼女の小さな声は誰にも響かない。聞こえない。
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