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不幸ヤンキー、”狼”を迎え撃つ。【5】
哉太が来るのを待っている間、幸とフライはうららのことも気にしつつ幼馴染として紹介された音刃の話を聞いていた。
―聞いてみると音刃は苗字である”琴平”という名前の琴ではないが、ヴァイオリンを習っているらしく、しかもうららによればプロにも劣らないのではないかとも噂されている様子だ。しかも父親が英国人であるので、髪色だけが遺伝して金髪にもなってしまったので、よく不良だと言われては喧嘩に巻き込まれそうになるらしい。
―しかし彼はそれでも金髪を黒く染まるのが嫌だったようで…。
「俺も地毛だけどさ、なんで音刃は髪色変えるのが嫌だったんだよ? …俺と違って、カッコいい顔してんだから黒髪でもいいじゃん」
「なんだよ~、幸に言われてもなんも出ねぇぞ~?」
「からかってねぇのに…」
いつの間にかお互いを名前で呼び合っている幸と音刃にうららは朗らかに笑う。それはフライや燕もそうであった。そんな皆に音刃は決意を込めた気持ちで言い放つ。
「俺は自分の生まれ持って生かされたものを無下にしたくないから」
「そっか…」
…俺と考えが似ているな。
自分の赤い髪を撫でては音刃の話を傾聴する。すると彼はうららとの出会いも髪色だったようで。
「まぁ…この髪色のおかげで、うららに興味を持ってもらったしな~。…お前は覚えてないだろうけど」
「ごめん~。覚えてない」
悪気の無い様子でカフェオレを飲むうららに音刃は息を吐く。だが気にしては居ない様子であった。
「別にいい。…俺さ、この髪色のおかげで場磁石先生に助けてもらったんだぜ。幸とフライは知ってる?」
少し自慢げな声で話す音刃に幸は首を横に振っている。同じくそれはフライもだ。音刃はコーヒーを一口飲んでから皆に語るのだ。
「俺が不良に髪色が気に喰わないって理由でボコボコにされてた時にさ~、ちょうど場磁石先生が通って俺を助けてくれたんだぜ。…すげぇカッコ良かったなぁ~」
その時の様子を思い出す音刃に幸は既視感を持つ。なぜならば自分と似たような経験を彼がしていたからだ。しかし彼の結末は至ってシンプルであった。
「で、俺に向けてさ、『君の髪色は綺麗だね~。でもこれからは気をつけなよ?』って笑って帰ったんだ。…ヒーローみたいでカッコよかったなぁ~…。すんごい痺れた!」
「『ヒーローみたい』…かぁ。…俺の時もそうだったよ。音刃と同じだな?」
「へぇ~、幸もそうなのかよ! …それで先生と知り合ったのか~」
「ま…まぁな」
「結構仲が良さそうだったけどさ~、連絡先交換してるぐらい仲いいじゃん。羨ましい~!」
羨望の瞳で見つめられるが音刃と違って、幸はこのような思考に至っていた。
―助けられた挙句の果てには処女を奪われ童貞卒業も到底無理な可哀想な男子になってしまったことを幸は言わない。いや、言えなかった。…なぜなら音刃は初対面ではあるもののそういう話には疎いような気がしたからである。というか、そうであって欲しいと幸は心の中で願っていた。
内心冷や汗を掻く幸に音刃は気が付かず話を続ける。
「だからさ~。先生が俺達の学校の先生として紹介された時はすごい運命感じたけどさ~、…先生に聞こうにも授業が終わればすぐに帰るし、捕まんねぇしさ。それで捕まえて覚えているかな~って思ったら全然覚えられていなくて…」
「ふふっっ。じゃあまた先生と会えても同じ反応になんじゃないの?」
うららが久しぶりに笑ってみせれば、音刃は少し驚いた顔を見せては自信ありげに言い放つ。
「い~や、覚えてるね。俺はそう信じ―」
「あっ…、ばじしゃくさんもう来るね」
「えっ、マジ?」
燕が立ち上がり音刃と幸が小さな少年へとついて行き玄関を開ければ…哉太が驚いた表情を見せている。
―そんな哉太ではあるが幸を見た途端に靴を颯爽脱いで近寄り、強く抱き締めていたのだ。赤面をする幸に哉太は間延びした言い方で伝える。
「やっほ~、花ちゃん。待たせてごめんね~。春夏冬さんは元気してる~?」
呆気に取られている音刃とニヤついている燕に、幸は慌てふためいて離れようとするがそれを哉太は許さない。かなり強めに抱き締めている様子だ。だから幸は抵抗し文句を募らせた。
「その前に…人様の前で抱き着くな、バカ!」
「別にいいじゃ~ん、減るもんじゃないし~?」
「俺の人間として何かが減るわ、アホッ!!!」
そんな攻防をしている間に燕がニヤニヤしていると、今度は音刃が声に出して哉太を呼ぶのだ。その声に哉太はサングラス越しでも分かるほど面倒な顔をして振り向く。…だが、幸は相変わらず抱き締めているままである。
「あの、場磁石先生!」
「…なに?」
哉太が音刃へと視線を向けて彼を見れば思い出したように明るい口調で話すのだ。…だがそれは音刃を助けたことではない模様で。
「あ~、春夏冬さんが通ってる学校の生徒さんか~。こんな姿見られちゃって恥ずかしいなぁ~?」
「恥ずかしいのなら俺に抱き着くのをやめろ!!!」
「それは、嫌」
「この野郎……」
行動と言動が合っていない哉太に苦言をする幸ではあるが音刃はめげない。
「あの、俺を助けてくれた時覚えてくれてますか?」
「…えっ?」
一瞬どころか間が空いた。だが音刃はそれでも哉太に自分のことを思い出させようとする。
「不良に絡まれていたのを場磁石先生に助けてくれました。…覚えていませんか?」
すると哉太は頭を捻ったかと思えばにっこりと笑い掛けたのだ。思い出したのかと思った音刃ではあったが、彼は明るい口調だが言葉は冷たいものだった。
「あ~…ごめんね~。俺、そういうことしょっちゅうあるしさ~」
「っえ?」
「不良とかに絡まれて助ける子を見つけやすくて…覚えてないや」
音刃が驚きのあまり声が出ないでいた。だが幸は哉太の見事な胸筋に包まれる中である考えをしていたのであった。
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