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「それより羽島、一つ気になってることがあるんだけど」
「んんー? なんのことだい赤木くん?」
内容を確信している羽島は、やや得意気に知らんぷりをする。反応から回答を先取りしつつも、敢えて尋ねてやった。
「昨日、〝女神ちゃん〟と帰ってたの見たんだけど。しかも手まで繋いじゃって……どういうこと?」
女神ちゃんとは約一ヶ月間、妙な時期に転校してきた女子――桜庭彩歌のことである。
別の組であるのに関わらず、瞬く間に噂が歩きはじめるほどに美少女――だそうだ。僕は恋愛に興味がなく、見に行ってはいないが。因みに羽島はすぐ見に行っていた。
「そっかー見られちゃってたかー」
あっという間に演技は解け、頬がゆるゆるに溶けている。しまいきれない笑顔をとにかく溢しながら、羽島は僕に向かってピースした。幸福の絶頂ですと顔に書かれている。
「実は、お付きあいすることになりましたー!」
おお、そういうこと。すごいじゃん――拍手つきで口にしながらも、頭の中では小さな疑問が弾けていた。
噂によれば、桜庭は美しいだけでなく、優しく控えめで頭脳明晰であるらしい。
加えて、少し体が弱かったり、ふとした瞬間に憂いを見せるなんて言う、ミステリアスな一面があったりと心くすぐる一面も備えていると言う。
そう、彼女は人気必須の人物なのだ。あまり冴えない羽島と違って。
羽島は良く言えば真っ直ぐだが、悪く言って短気な面もあるし、どう考えても釣り合わないよな――なんて言わないけど。
浮かんだ疑問は、目の前の幸せビームに粉砕される。
まぁ、決まったのならそっと見守ることにしよう。なんだか面白そうな気配もするし。一人心で頷いた。
特に大きな事件もなく、日々は流れていく。テレビでは毎日悲劇が更新されているのに、この教室は平和で穏やかだ。
「そんで彩歌ちゃんさ、帰りたくない!なんて言ってくっついてくるんだよ! もう俺興奮してチビるかと思ったわ」
「そっか、それは良かったね」
「マジかわいすぎて最高だわ。永遠に一緒にいてあげたい……この間なんかさ、家の近くに野良猫いたらしくて写真を――」
羽島も上手くやっているようで、毎日きらめきと報告を発射してくる。周囲も彼をおちょくったり、つついたりと二人を祝福していた。もちろん、中には僻む人間もいたけれど。
それでも、教室はどこまでも平和だった。そんな時間が、変わりもせず続くのだと思っていた。
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