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恋人たちの秘密
「ごめん赤木! 日直の仕事は任せる!」
授業終了のチャイムと同時に、羽島が上着を羽織る。断る隙さえないほどに、颯爽と準備を済ませ教室を出ていった。
日直の仕事を放り出してまで、桜庭のことが大事らしい。彼女が出来てからというもの、扉を潜る時間がどんどん早くなっていった。
真っ直ぐで尽くしたがりな彼は、恋愛に向いている人間と言えるのかもしれない。まぁ、それでも仕事を放り出すのは考えものだけど。
溜め息を溢しかけて、改まる。今まで面倒ごとは全て、羽島が自ら請け負ってくれていた。だから時々は請け負うべきか――と。
人が消えた教室は、どこか違う世界を感じさせた。日の傾きが作り出す陰が、そうさせているのかもしれない。
静かで、少し不気味で、何かが起こりそうな教室。僕は好きだな。心地いい。
なんて考えていると、後ろの扉が開く音が聞こえた。振り向くと、見知らぬ少女が中を窺っていた。造形の整い方から、無意識に桜庭彩歌を連想する。
「何か用ですか?」
「あ、えっと、羽島くんいますか? 私、桜庭彩歌です」
どうやら正解だったようだ。ただ、美しい人を前にしても、やっぱり何の感情も湧かなかった。彼女から微かに漂う、今の教室のような空気感には引き寄せられたが。
「君が桜庭さん。羽島ならチャイムと同時に出ていったよ。桜庭さんと一緒なのかと思ってた」
「そうですか……」
「連絡とかないの」
「今朝から充電切れてしまってて……」
桜庭は、情けなさそうに視線を斜めへ落とす。探すより、帰って充電すれば早くないか――と思いつつ、すぐに会いたい理由でもあるのだろうと改まった。
「そう、なら僕からしてみようか?」
「だ、大丈夫です! すみません、失礼します!」
だが、断られ首を傾げる。探していた旨を伝えようかと思ったが、明日でいいかと流した。
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