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自宅の場所は、以前送られてきた写真から割り出した。野良猫の背景に、印象的な建物が映っていて助かった。
建物の特定は大変だったが、家が見つかるのは早かった。彼女の住み処は、ボロアパートの中にあった。
一階の集合ポストには、二つだけ表札が差し込まれている。今時フルネームなんて、相当古い建物なのかもしれない。
郵便物や洗濯物がないことからも、過疎化が見てとれた。
在宅を確信しているのか、羽島は階段を駆けあがる。何があろうと無かろうと、一発殴るつもりなのかもしれない。
羽島が二階に到着したタイミングで、物の落ちる音が聞こえた。小さくも何かを叫ぶ桜庭の声も。
羽島がドアノブを掴む。鍵が空いていたのか、壊れたのかは分からない。何度か音を立てて捻った末、不意に扉が動きだした。
「彩歌ちゃん……?」
声が震えている。開け放たれた扉の先、展開されていたのは凄惨な光景だった。
乱雑に乱されたシャツに、無理矢理捲し上げられたスカート。無力な少女の上に、裸で跨がる男が一人――。
「何やってんだよテメェ!」
叫びと共に、羽島が土足で飛び込んでいく。一瞬固まった男を両手で突き飛ばした。そのまま、震える桜庭との間に入る。
僕からは背中しか見えないが、きっと燃える眼で睨み付けているのだろう。
時差で入室し、桜庭へ一言謝罪した。それから、脱いだ上着を体にかけてやる。
桜庭はようやく我に帰り、恥じらいを持って体勢を直した。上着を抱き締め、涙ぐんでいる。
「糞ガキ共が! 何邪魔してくれてんだ!」
ゾンビのごとく、男は立ち上がった。ただ、顔には憤慨があり、軽蔑するほど惨めに感情を曝している。
これが父親だとは――人間だとは信じがたかった。まぁ、彼は正真正銘の人間だけど。
「折角これからだって時によぉ! 死ね!」
野性動物を彷彿とさせる動きで、男が跳ねた。血管の浮いた拳を携え、羽島の元へ飛んでくる。
だが、目の前の背中は竦まなかった。それどころか、自らも拳を固くし、前へと突き進んでいく。
すれ違った二つの拳が、数分の音を立て――最後にもう一つ、何かが割れる音を加えた。
その時、僕は見た。桜庭の顔に、薄い笑顔が浮かぶのを。
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