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放課後、ひと気の無い教室にいる山田くんを先生が見つけた。
「山田、どうした?帰らないのか?」
「先生・・」
「どうした?
浮かない顔してるな。具合でも悪いか?」
「先生、俺・・・好きなんです」
「お前、それ前やったろ」
「じゃなくて・・橘先生のこと・・・」
橘先生は、保健室の先生だ。先生と同じ歳位の、落ち着いた大人の女性だ。
「え?」
「先生・・」
「山田・・」
「俺、どうしたらいいですか?」
「そんなん俺が知るかよ」
「ぐほ!?」
「どうするもこうするもお前の人生だ」
「・・そ、そう言われても・・」
「俺なら告白するが」
「・・・」
「するのか?」
「・・無理です!」
「じゃ俺はこれで」
「ちょちょちょちょちょ待って先生!」
「なんだよ。しないんだろ。話終わったじゃん」
「先生、なんか冷たい!」
「じゃ告るか」
「無理です!!!」
「なんで俺には言えるんだよ・・」
「だって・・」
「告って玉砕するのも」
「う」
「告白せずにずっと悶々として後悔を引きずるのも」
「う」
「お前の自由だ」
「・・どっちも無理です」
「うーん」
「ど、どうしたら・・」
「お前、お母さんに、晩御飯何が良い?て訊かれて、何でもいいって言うだろ」
「・・?はい・・」
「何がいいって訊かれて、とっさに答えられないから何でもいいって言うんだ。人間は自由過ぎると逆に答えられなくなる。これはお母さんにも言える。何でもいいって言われても、そもそも的を絞れないから訊いてるのに、何でも、と言われても困る」
「はあ」
「中華と和食どっちがいい?」
「中華かな・・」
「選択にすれば、本当に欲しいかどうかは兎も角、望みに近いものを答えられる」
「なるほど・・・?」
「本当に欲しいものがあるなら最初に訊かれた時に答えられる筈だ。唐揚げ!!とかな。だから中華と答えて、和食が出ても文句言うな。お母さんは大変なんだ。毎日買い物行けないんだ。あるもので作らないといけないんだ。ネタかぶらないように、栄養のバランスも考えて毎日作ってるんだ。だから出されたものは基本的に文句言わず全部食べろ。そして感謝しろ」
「は・・はい・・・?」
「お前の選択肢はみっつだ」
「みっつ?」
「一つは、告白する。断られて傷つくかも知れないが、大人になれば良い思い出になる」
「・・・」
「二つ目は、告白を諦める。傷つかないが、ずっと引きずって後悔するかも知れない」
「・・・」
「三つ目は」
「三つ目は?」
「片想いを続ける」
「えっ?」
「お前はまだ子供だから、例えば成人したのをきっかけに告白する。それまでは、自分の中で想いを育てる」
「・・・」
山田くんは、目を見開いた。
まさか、先生から、そんな言葉を聞くとは思わなかった。
「先生・・」
「うん」
「ロマンチストですね・・」
先生は、苦笑を浮かべた。実は人の受け売りだが、それは黙っておく。
「橘先生は、分別のある大人だ。お前も、大人になるまでに他に好きな人が出来るかも知れない。別におかしくない、普通の事だ」
「・・・」
「人の考えは変わるし、お前は自由だ」
「・・・」
「まあ、現実の事も含めて、一回しっかり考えてもいいかも知れん」
「はい・・。先生」
「うん」
「先生と話せて良かったです」
「そうか」
「先生、さよなら」
「おう。気を付けて帰れ」
「はい」
山田くんは、帰って行った。
一人、教室に残った先生は、静かに微笑んで、目を伏せた。
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