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腰をあげ、羽馬の膝上でずっと震えている拳を包んだ。
「残念だな。俺、重症みたいだから、そんなんで嫌いになんねーわ」
「えっ」
驚いてバッと手を離した羽馬に詰め寄る。
「色なんて気にするな。俺にとってはお前はずっと青色だ。羽馬がどんな色を持ってたって、混ざってわけわかんねー色になったって、俺の目には青く写るんだよ」
「そっそれは、誠司くんが騙されてるからだよっ。私、良いように見えるように着ぐるみ被りまくってるからだよっ」
「騙されてる? アホ。お前のこと、どんだけ見てきてると思ってんだよ」
小学校の発表会の練習で、「かわいい、好き」と言うそのキラッキラな瞳を見た時から。放課後、どうみてもスカートで動きにくそうにしているのに毎回ドッジボールやサッカーの輪に加わってきた時も。最初の頃は粉まみれなクッキーだったのに、アレンジに執拗にチャレンジしてたこと。中学時代、俺の部活を覗く姿が窓から落ちそうで、全然練習に集中させてくれなかったこと。交換日記の隅っこに、毎回その日の俺のいいところを書き込んでくれていたこと。買い物で、俺が部活用の靴で悩んでる横で、俺よりも険しい顔で真剣に悩んでくれていたこと。
全部、知ってる。全部見てきた。一生懸命に真っ直ぐ俺に向かってきてくれていたそのすべてを、俺はずっと。
「たぶん、ずっと、俺にはお前しか見えてなかった。お前が俺を猫扱いしてた時から、ずっとお前を目で追ってたんだ。そんな俺を、騙せてるなんて、よく言うな」
「えっ?」
羽馬は距離を取ろうと仰け反るようにして、瞳をさまよわせている。
「でもっ、でもっ、私がずっと一方的に好きだったんだもん! 私のほうが、誠司くんをずっと追っかけて見てきたんだからっ。誠司くんが昔から私のこと気にしてたなんて、絶対そんなことないっ」
「そうかわかった。そこまで言うなら……」
想像するだけで恥ずかしくて爆発しそうだが、そんなこと言ってられない。封印を解いてやろう、俺の青臭い黒歴史を。
「羽馬」
「っはいっ」
「俺たちの交換日記、まだ持ってるか? 最後のやり取り、ちゃんと読んだか?」
「え?」
虚をつかれたのか、キョトンとして瞬きしている。
「最後のやりとり?」
「おう。俺が、ここへ持ってきただろ。あのあと、ページ開いたか?」
「あ、いやっ、怖くて……見てない」
やっぱりか! よかった! いや、よくないのか?
「見てくれ、今すぐ」
「え、う、うん」
帰りたい。恥ずかしい。体が勝手にモゾモゾして、無駄に床へと足腰を踏ん張らせる。
羽馬は勉強机の一番上の引き出しを開けた。棚でもなくクローゼットの奥の箱の中からでもなく、すぐに手に取れる場所に置いてあった。
その状態で、読んでなかったのかよ……。
羽馬はおそるおそるとノートを開き、パラパラとページをめくっていく。チラチラと、懐かしい俺の落書きが覗く。恥ずかしくて書くことが浮かばなくて、苦心のすえ編み出した、ザ落書き。
ピタリと手が止まった。ノートの後半、後ろは真っ白なままだ。ページを広げる仕草がスローモーションで。羽馬がジッとそのページに釘付けになる。
確か黒のサインペンで、書きなぐった簡単な言葉。そんなに読み込むことも時間かかる文章でもないはずなのに、ものすごくスローモーションだ。
全身が熱くて、ウワーッと叫びたい衝動を必死にこらえる。
けど、ノートから視線の上がった羽馬と目が合い、俺はふにゃふにゃと心も体も溶けていくようだ。泣き笑いのようなその表情は、ものすごく甘くって、ものすごく幸せな気分になったから。
羽馬を困らせ散々ダメダメな俺だったけど、あの時の俺を、よくやったと褒めてやりたい。
『ゆうえんちできたら、お前と行きたい』
ー完ー
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