羽馬千香子編 1話 初恋は猫でした

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羽馬千香子編 1話 初恋は猫でした

 なんでもかんでも好きになることはないけど、好きになったものには次から次へと興味がわいて、それだけで頭の中いっぱいになって、そのことばっかり考えてもっと知りたいと調べてしまう。  ひとりっ子だったせいもある。子供図鑑が全巻取り揃えられていたのもある。誰にも邪魔されずに好きなことについて、とことん夢中になれる環境はできあがっていた。  数年飼っていたジャンガリアンハムスターや、ある日庭先に迷い込んできた雑種の野良猫。偶然テレビで見かけた動物が主役のアニメなど。  好きなものは突然前触れもなく目の前に転がりこんでくるのだから、毎日が忙しくて充実していた。  だから、人間の女の子としての大切な準備期間をすっ飛ばして、突然人間の男の子に恋してしまったもんだから、失敗の連続がはじまった。  “恋”と書いて“失敗”は、小学校最後の学習発表会で火蓋を切る。  小さな田舎町で一学年一クラスしかない。好きになった男の子はいわゆるずっとクラスメイトだったのに、私の目に飛び込んできたのが小学校生活もほぼ後半のそのタイミングだ。  六年生の演目が“セロ弾きのゴーシュ”で、その子は三毛猫役のうちのひとりになっていた。  そう、猫仕様になったその子の、ふてくされた表情と、もふもふのギャップが、ズバリ私のハートを射ぬいちゃったわけだ。  彼がちょっと動けば「かわいい」。ちょっと尻尾が揺れれば「かわいい」。顔真っ赤になって睨まれても「あーかわいい」と心の声が漏れまくっていたせいで、彼に完膚なきまでにフラれ嫌われたまま、小学校を無事卒業してしまったのだ。  ** 「うっそ、コクったの?」 「付き合うことなっちゃった」 「えー! すごい!」  中学生になると、途端にこの手の話があちこちで勃発する。  給食を終えて掃除時間。手に箒を持ったまま、彼女達の手は完全に止まっている。仕方ないので、いつもより倍速で箒を動かす、耳だけしっかり傾けて。 「土曜にデートするんだぁ」 「どこいくの?」 「えへへ」  幸せなオーラが甘い匂いになって、プンプン漂ってくるようだ。パンケーキに遠慮なくシロップたっぷりかけた、あの幸せな甘い匂いだ。 「毎日一緒に帰るだけでも嬉しいんだけど、やっぱりデートは特別嬉しい」 「そうだよねー。いいなー」 「いつだっけ? 何年か後に、でっかい遊園地できるじゃん?」 「その頃にも一緒に行けたらいーなー」  やっぱり“付き合う”っていうものは、とてつもなく男女の団結を強くするらしい。だって、学校以外の場所でもわざわざ時間を作って一緒にいる、ということなんだ。それってすごくない?  A組の私が、不自然かつ無理矢理に用事を作ってB組へ行かなくていいんだよ。偶然を装って廊下ですれ違わなくていいんだよ。部活の時間のほとんどで、テニス部覗かなくていいんだよ。  だって、土曜日にお互い約束してデートに行くんだから。 「やっぱり、告白しかないよね」  箒の柄をギュッと握りしめ決意をあらたにしてみれば、すぐ近くにいた我が友、筧美乃里(かけいみのり)ちゃんが速攻反応した。 「やめときな」  美乃里ちゃんは制服の白シャツが眩しいほど健康的に肌が焼けている。ポニーテールを揺らして少し細目の瞳をさらに細めて、眉根寄せていた。 「木っ端微塵が目に見えている」  美乃里ちゃんは小学校で私が告白して盛大にフラれたのを大っぴらに覗き見しているので、諭す言葉に迷いがない。 「でも私、誠司(せいじ)くんと土曜日も会いたい」  美乃里ちゃんに向き直って、真剣に訴えたのに、真横に結ばれた口元からは相変わらず容赦ない返答が戻ってきた。 「部活で、覗きまくってるでしょうが、土曜日も」 「……」  なぜバレてるんだ。  美乃里ちゃんはバスケ部で、誠司くんはソフトテニス部。そして私は美術部なのに。  美術室のあるグラウンド側の校舎三階からは、ちょうどテニスコートが見おろせるという、その立地のよさで入部した下心がバレていたのか。 「奇妙な顔してるけど、バスケ部がずっと体育館で活動してると思ったら大間違いだよ。外練の時に、三階の窓から落ちそうになるほどテニスコート覗いてる千香子なんて、しょっちゅう見てるわ」 「……なるほど」  今度から気をつけよう。 「だけどね、見るのと会うのとじゃ、違うじゃん? 私は誠司くんともっと親密になりたいの。せめてもうちょっと、懐いてほしいかなと」  そうなのだ。一方的に見てたってなんの進展も起きないのだ。私はもっと誠司くんのことを知りたいし話したいし、なんだったら私のことを好きになってほしい。 「千香子。峯森(みねもり)は猫じゃないんだからね。懐く懐かないのあたりもすでに問題発言だけど、あんたの一番の敗因は、峯森餌付け作戦決行した前科があることだからね」 「あ、うん」  もう忘れてほしいそれ。小学校卒業までの短い期間、焦りまくって毎週土曜日に誠司くんの家にお菓子を持っていって、「俺は猫じゃねー!」と怒らせてしまった“思い出”と書いて“失敗”と読む一ページを。  そして気付かれてはいけない。今もなお、近いことを行っていることを。大事な友達、無くしてしまう。 「えーっと、では、私、ゴミ捨てに行ってこようか、な?」  気取られ悟られないように、笑みをしっかり浮かべつつ箒を美乃里ちゃんに渡すと、ゴミ箱へ向かった。  ずっとジト目で見つめられたままだったけども。
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