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一年A組の教室を素早く出て、美乃里ちゃんの視界から逃げ出しつつ、もはやクセとなっているB組チラ見チェック行為。
残念ながら想い人である峯森誠司くんはご不在のようだ。
三階から外階段を降りて、校舎裏門近くのゴミ捨て場まで、大きなゴミ箱を引きずらないように持ち上げてくてく歩く。
そこで私は運命を感じた。いたのだ、誠司くんが。部活の先輩なのだろうか、同じようにゴミ箱を持ったまま何か話し込んでいた。
これは運命だ。いつも理由をつけて無理矢理目撃することはあれど、こんな偶然で出会うべくして出会うなんて、奇跡通り越して運命でしょ。
急いでゴミ箱の中身を「ていやっ」とゴミ捨て場へ放り入れて、そそっと何気ない場所へ、位置取り完了。あとは、誠司くんの話が終わるのを待てばいい。
ああ、相変わらず可愛らしい。この斜めうしろからの絶景。あの頬の柔かそうな曲線。きれいに切り揃えられた襟足。背筋のピシッと通った立ち姿。どうしてそんなに素敵なの。
先輩の話を真剣に聞いて頷いている、その真面目さ。きっとあの大きな瞳をキリッとさせているんだろう。ああ、見たい。……ちょっと、もうちょっと前側にまわって見よう。だってせっかくのチャンスだよ。こんな近くで長時間拝めることなんてないもんね。
あ、目が合ったかもしれない! いや、今確実に誠司くんの大きな目がさらに見開かれて即座に細められたもん。絶対私を確認したに違いない。あ、ほら、ちょっと背中向けるような立ち位置に動いた。気付いてもらっちゃった。
「じゃあ、また後でな」
「はい、先輩」
話が終わったようだ。手を軽く上げる先輩に対して、誠司くんはきれいにお辞儀をしている。先輩の姿が見えなくなってやっと校舎へ歩きはじめたから、そのままうしろについていった。
「おい」
「はい?」
誠司くんはスタスタと大きなゴミ箱をものともせず歩いていたのに、すぐに止まって振り返ってくれた。
相変わらず、慣れる気のない逆毛状態の猫みたいに私をムスッとした表情で見ている。かわいい。ふんわり柔かそうな頬をさらに膨らませるようにしている、ああかわいい。
「いい加減、俺のストーカーを卒業してくれ」
「え? ムリ」
音が鳴りそうなほど誠司くんの首がガクンと落ちた。
「なんなんだよお前ほんとに……」
うなだれたまま、手のひらを顔に当てて嘆いていらっしゃる。
「とりあえずさ、立ち聞きとかやめてくれ。しかも視界にしっかり入り込む立ち聞きとか、アホなのか」
「安心して。まったく何も耳に入ってないから。誠司くんを拝むことに集中しすぎて、聴覚が機能してなかったから」
「……ああそうかい」
誠司くんはふらりとした足取りで、再び校舎に戻りはじめた。すぐあとをついていく。
今日はすごいミラクルラッキーデイだ。誠司くんといっぱいお話をしてしまった。
中学校に入ってから、私達を引き裂くようにクラスがふたつも存在してて、よっぽどのことがないと会話なんてできりゃしないんだから。ああ、小学校のときなんて授業中ももちろん放課後すらサッカーやドッジボール一緒にやって近くで拝めてたのに。四六時中、拝み放題だったあの頃が尊い。
「お前とはほんと、会話ができない」
ほら、誠司くんも嘆いていらっしゃる。もうツンデレなんだから。態度と言葉がチグハグとか、どんだけ不器用なの。
「ねえ、誠司くん。付き合ってください」
「無理」
「付き合うって、ちょっとそこらへの意味じゃないよ? 男女としてのお付き合いだよ?」
「だからそれが絶対無理」
人間の男心は複雑だ。
野良猫のジャムだって、一年経てばゴロニャン状態になってくれたのにな。
「おい、貸せ」
「ん?」
ツンデレ誠司くんが立ち止まって右手をこちらに伸ばしている。まるで王子様がシャルウィダンスと誘っているようだ。どうしよう、私、踊りに自信がない。
「さっきからゴミ箱、引きずっててゴリゴリ音がうるさいんだよ、貸せ」
プラスチックとはいえ、大ぶりのゴミ箱は背の低い私の半分もあって、ちょっと重い上にその絶妙の高さで持ち上げ歩き続けるには腕がパンパンになるのだ。思考に励んでいるうちに引きずってしまっていたようだ。
誠司くんは私からゴミ箱をブン取ると、大きなゴミ箱ふたつを両肩に背負うようなかたちで持ち上げ歩き出す。
「惚れる」
誠司くんだって、私とたいして身長は変わらない。ていうか男の子にしては低いと彼のコンプレックスでもあるくらいだ。それなのに軽々とふたつを持ち上げてスタスタと歩き始める。それよりもゴミ箱のせいで誠司くんのうしろ姿が見えなくなってしまった、どうしよう。
「頼むから、心の声を漏らすな」
真横に並べば、チラリと流し目をくらってしまった。サラサラの前髪の奥から覗くその瞳はさっきより棘がなくて、呆れられてるようにも見える。
「一応念のためお伝えするけど、今は惚れてないの意味の“惚れる”じゃなくて、これ以上惚れさせてどーすんの、の“惚れる”だからね?」
覗き込むように訴えれば、誠司くんはまたピタリと足を止めてしまった。
目の前には外階段だ。ちょうど降りてきた上級生達がクスクス笑いながらすれ違う。
誠司くんの顔が、いや、耳まできれいに真っ赤になっている。
グリンとこっちを睨んで、何か言いたげに唇を開いたものの、なにも発することはなく、無言で階段を上がりはじめてしまった。
まるでゴミ箱が階段をノッシノッシと登っていくようだ。さすがに横並びは諦めて、落ちないようにうしろから支えることにした。
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