31人が本棚に入れています
本棚に追加
先輩から聞いた助言は、私にとっては目からウロコで、やっぱり男の子ならではの特別な感情というものがあるのだという発見だった。
告白されることが恥ずかしい。もしくは興味がない、面倒くさい。どれも想像もつかなかったものだ。
告白されたり、好きだと言われることは、誰でも嬉しくて幸せになることだと思っていた。真剣に自分の気持ちをぶつければ、綺麗に同じものが跳ね返ってくると思っていた。やっぱり、人間って、男の子って、複雑で難しい。
三日三晩考えた。大好きな猫アニメも見ず、日課の風呂上がりにポケーっと畳の部屋に寝転がってアイス棒をカリカリ食べる時間も惜しんで。ウンウン唸り続けて授業中に、「お、羽馬が珍しく問題を解こうとしているじゃないか」と予期せぬ回答権が与えられて、黒板前で固まってる間すら。
そして、ポンッと閃いた自分はなんてすごいんだろうとワクワクしながら、部活終えてダッシュで家に帰って急いで準備して、そのまま峯森家に向かった。
私の家のほうが学校から遠いので、猛ダッシュした。運動には自信はないが、恋の力は運動部並みの脚力を与えてくれたようで、ゼイハア息を整えていざ峯森家のチャイムを押そうとしたところで、誠司くんの声が届いた。
「おい変質者」
部活用の大きなバッグを背負った誠司くんが、難しい顔して睨んでいる。ちょうど今、帰ってきたところだったらしい。
「あ、誠司くん、今帰り? お疲れ様!」
「今日はなんの記念日だ」
「あ、今日は何も持ってきてないんだ、ごめんね!」
卒業、入学した時、さらに誠司くんが入部した時などに、お菓子を持ってきていたので、今回もそうだと思われたらしい。しまった、なにか持ってくればよかった。
「てか、お前なんでそんなに汗ダクなんだ? やばくね?」
「え?」
言われて自分に意識を向ければ、たしかに汗でシャツが肌に貼り付いていて気持ちわるい。沸騰したように頭が熱いし、のぼせたような感じだ。
「おい、熱中症とかやばいんだから、気をつけろよ。家で涼んでけ」
「え、あ」
誠司くんは目の前の門を開けると、玄関の鍵を開けて振り返る。
「ほら、なんか飲んでから帰れ」
「あ、うん」
ずっと表情は険しいままだけど、体調を心配されているようだ。
こういうところだ。誠司くんの詰めの甘さは。私は心配になるよ。どうすんの、よからぬおなごがわざと立ち眩みなんかしちゃったりして、心配して手を差し伸べたはいいが、そのままうまいこと押し切られてお付き合いすることなったら。ああもうほんと心配だ。これだからうかうかしてられないのに、どうやったら一刻もはやく誠司くんを自分だけの特別なひとにできるのだろう。
「誠司くん。道端で倒れてる女の子にむやみに優しくしちゃダメだからね」
「お前は、変質者な上に鬼なのか」
呆れたようにそう言いつつも、玄関でスリッパを出してくれた。
「かーちゃん、友達調子悪いから部屋上げるよー」
廊下奥に向かって誠司くんが声を上げると、その奥からパタパタとスリッパの音がして、彼にそっくりなお母さんが現れた。
「あら! あらあらあら、どうぞどうぞいらっしゃい。千賀子ちゃんどうしたの?」
「あ、お邪魔します!」
「こいつ、めっちゃ汗ダクなんだよ。熱中症アラートが出てるって顧問言ってたしさ今日」
「ほんと、顔真っ赤じゃないの。さあ上がって。誠司の部屋、もうエアコン入れてるし」
「あ、なんか、ほんと、すみません」
思ってる以上に、私は茹で上がって見えるようだ。勢いで出てきたことを反省だ。
誠司くんについて二階へと上がる。
まさかとは思うが、これは、誠司くんの部屋へ向かっているのだろうか。玄関までしか侵入したことのない峯森家の、まさかここへきて一気に彼の部屋へとレベルアップするなんて、誰が思おうか! いや、実はリビングが二階にある家なのかもしれないじゃないか、はやまるな千香子。そう簡単に、誠司くんの部屋へ上がれると思うな! まずはリビングから攻めろ!
「ここに座っとけ。エアコンが一番当たる場所だから。ジュースとアイス取ってくる」
誠司くんは勉強机のところにあった椅子をカラカラと引いて部屋の真ん中あたりで止めつつ、バッグを床に落とすと、あっという間に部屋から出ていった。
言われるがまま椅子におそるおそる座り、あたりを見渡せば、青いカーテンにちょっと乱雑な勉強机。横の大きな本棚には少年マンガがビッシリ詰まっているし、左手のベッドシーツは宇宙をテーマにしたらしき柄。どう考えても、誠司くんのお姉さん達の部屋ではないし、ましてやリビングでもない。
「え、お付き合いしてないのに、部屋に入れちゃったの?」
幸運すぎて鼻血が出そうだ。
最初のコメントを投稿しよう!