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文化祭に向けて
夏の部活の全国大会が終わった後、俺は風邪をひいた。滅多に病気にならない方だけど、同級生にうつすリスクを避けるため、俺は学校を休んだ。
翌週登校したら、クラスの学級委員の伊織に「文化祭で何をやるか、先週末に決まったよ」と知らされた。
「何に決まった?」
「手品のマジックショー」
「へぇ」
うちのクラスにはジャグリングが趣味の奴らが何人かいる。休み時間に練習しているのを見ていたから、今年はあいつらが主役か~なんて、俺は呑気に考えた。
「全員参加だけど」
「……えっ?」
詳しく聞くと、無難な合唱と、一部の女子が主張する演劇と、ジャグリングメンバーが提案した見世物ショーの評決が割れたそうだ。そこで、今年の夏に転入してきた転校生、牧原朱里が「全部ショーとしてやらない?」と提案したという。
「マジックショーとして?」
「うん」
ちなみにうちのクラスは牧原という名字の生徒が三人いるので、呼びかける時は下の名前で呼ぶ。
「BGMは生演奏と合唱。演劇中にジャグリングとバックダンサーが入る」
「え……何そのごった煮。闇鍋みたい」
「朱里曰く、手品のショーだから、何でもありなんだと」
「それのどこに手品が入るんだ?」
「メインが手品だよ。朱里の親戚の家からうちのクラスに専用の備品を貸してもらえることになって」
「え、朱里ってそういう……関係の親戚いるの?」
「うん。学校とクラスできっちり管理すること前提で借りることになった。もちろん、俺らが自分達で作ったりもするけど」
「すっげぇ」
種も仕掛けも見えちゃうじゃん。
俺はこれまで手品のショーを観客側からしか見たことがなかった。マジックを提供する側で参加するのは初めてだ。サプライズとかしたことないし。
「ところで俺は何係? 道具係とか?」
休んでいたんだから裏方だろ?
「皆が嫌がった役はくじ引きで決まったんだ。ちなみに瀬名はロミオ役」
「は?」
「俺は瀬名の相方のジュリエット役だ」
「はぁ?」
しばし、俺と伊織は沈黙した。
演劇オンチの俺でも知っている。ロミオとジュリエットといえば、シェイクスピアの有名なやつ……。
「……男同士じゃロミオとジュリエットじゃなくね?」
「言いたいことは分かる。でも、ショーのメインは手品だ。二人は同じ棺に入って、外から剣で刺される」
「そんな場面あったっけ?」
「でも、魔法使いが現れて生き返る」
「……悲恋じゃないじゃん」
「ロミオとジュリエットが生き返ってハッピーエンドで終わる。ちなみに棺の中に男女一緒に密着させて入れるのは良くないという意見により、同性の組み合わせにしようという意見が出た。クラスで全会一致」
「ああ、うん……」
異性の組み合わせだとクラス担任も生徒会も承認しにくいだろうしな。
「宝塚歌劇団のように女子の組み合わせでと、クラスの男子も頑張って主張した。でも手品とはいえ、棺ごと剣で刺される役を女子に押し付けるのは良くない、という意見の方が強かった」
「ああ、うん……」
普通に男でも怖いと思うけどな。
「なので、クラスの暴走を止められなかった責任をとって、俺が女装する役を引き受けることになった。瀬名。ロミオ役が嫌だったら俺と代わってくれてもいいぞ」
俺、180センチ越え。伊織、175センチ越え。どちらも男子。
「……くじ引きなら仕方ない。皆がそれで良いっていうなら……」
何で先週休んじゃったんだろ。俺の阿呆。
「こんな配役でもクラスの女子の半数は張り切っている」
「世も末だ」
何が楽しくて、「ロミオ(男)とジュリエット(男)」が串刺しにされるショーを演らねばならんのか。俺の姉のような女子は喜びそうだけど。
「気持ちは分かる。……皆で出し合った金は衣装代と背景セットに使われることになった。創作し、発表する、自作のエンターテインメントショーに挑戦するということで生徒会に申請を押し通した」
「ハマセンは?」
ハマセンこと浜田先生は、うちのクラスの担任だ。
「いいんじゃないかって、笑ってた」
「やる気あんのか、あの教師は」
俺の言葉に伊織は半眼になった。
「もっと言ってやれ。俺はみんなを止めて欲しかった」
「……お疲れ」
もともと伊織は学級委員もやりたくてやっているわけじゃなく、押し付けられて断り切れなかったやつだからな。南無三。
「……ともかく。取り合えず今、書き出せるだけ書き出した準備一覧表を渡すよ」
そう言って伊織が渡してきたスケジュール表は、なかなかのタイトスケジュールだった。演劇部のクラスメイトから演劇大会のスケジュール表を参考に見せてもらって作ったのだそうだ。
取り合えず現時点で決まっていること。
手品のショーの司会は朱里。ロミオとジュリエットの脚本は演劇部のクラスメイト担当。BGMは吹奏楽部と合唱部のクラスメイトが選曲し、演奏を担当する。舞台衣装は手芸部のクラスメイトが中心となって作る。舞台背景は絵を描いた幕を用意することに決まった。場面展開時は、背後の幕を捲るだけという仕様。これは美術部のクラスメイトが担う。自分の出番の練習以外の時間は、作っているクラスメイトの手伝いをするということになった。
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