in マジックボックス

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 ──そして、現在に到る。  手品用の箱の中に、俺と伊織の二人は閉じ込められてしまった。自分達のミスによって。  棺の箱のサイドドアは、外側のロックを開けてから内側のロックを開けないと、開けない仕様になっていた。外側のロックはいつも誰かが開けてくれていたから忘れていた。上の蓋は閉じると自動的にロックが掛かる仕様だ。箱自体は紙で出来ているから蹴とばして破れば外に出られる。でも、既に予備の余裕はない。文化祭は二日間ある。壊して良い箱の数に限りがあるのだ。 「ごめん、伊織。箱の外鍵を外すの、忘れて」 「俺も」 「恥ずかしいからって二人きりの自主練を提案しておいて、こんなヘマしていたら世話ないな。ほんと、ごめん」 「ごめんはなし。さっきから瀬名の息が耳にあたってくすぐったい」  俺は口を閉じた。 「とりあえず体育館にいるメンバーが気づいてくれたら『蓋を開けてくれ』って頼もう。最悪でも、体育館の片付けの時か、体育館の鍵を閉める時に誰かが見回りに来てくれる。先生とか、守衛さんとか」 「うん」 「瀬名、身体の位置ずらせる? この姿勢は無理があるだろ。横になろう」 「うん」  俺は斜めになって伊織の上にほぼ覆いかぶさっていた体勢から、真横に移動した。下に置いた腕が窮屈だったから、まげて伊織の頭の下に入れさせてもらった。人生初の腕枕の相手がクラスメイトの男という、しょっぱい絵面だけど仕方ない。伊織の方は上の腕を軽く俺の横っ腹に置いた。姿勢が斜めになっているので仕方がない。伊織の手が置かれた身体の一部分だけホッカイロをあてたみたいに温まった。まさに密着態勢。  ……どーすんだ、これ。 「瀬名、変なこと聞いてもいい?」 「うん?」 「腕、サラサラなんだけど何で?」  なんでと言われてもな……。毛深くないのが不思議か? 「俺、水泳部だから」 「水の抵抗をそぐため?」 「うん」  水泳選手は泳ぐとき水の抵抗を減らすため、女子でもびっくりするほど肌の手入れをする。少しでもタイムを縮めるために。だから、男子高校生の俺も露出している部分の体毛はツルツルに剃ってる。  少し身動きしたら、俺の腕が伊織の腕にあたった。人のことサラサラって言うわりには、伊織の腕もザラザラしてない。 「伊織もサラサラだな?」 「俺のは体質」  男でも体毛が薄いやつってたまにいるよな。 「伊織は部活入ってる?」 「囲碁部」  文系か。肌白いし、納得。二人で箱に閉じ込められたけど、汗臭くない。空気が薄くなって少し息苦しいけど、密閉空間ではないから呼吸は出来る。 「伊織。今、何考えてる?」 「棋譜、考えてる」 「いいな、それ。頭の中で盤と石が展開してるんだろ?」 「朝の朝礼とか、校長の話が長い時の暇潰しにおすすめ」 「学級委員なのに、そんなこと考えていたのか」 「オンとオフの切り替えは大事だろ?」 「屁理屈~」  俺はちょっと笑ってしまった。  はぁ、と深呼吸してから言う。 「トイレ我慢出来なくなったら、箱を蹴破って出よう。それまで俺、寝るわ。人が来たら伊織が起こして」 「瀬名、この状況で眠れる?」 「あー、あれだ、雪山登山でシュラフが一個とか、シングルベッドを半分ことか。それと似たような感じ?」 「例えが嫌だ」 「男同士はノーカウント」  ……というか、人と密着して抱き合った状態でこそこそ喋る方がハードル高いよ。 「近くに人来たら、声出していいからな。じゃ、おやすみ」 「マジか……」  俺は目を閉じて、ゆっくり呼吸し、頭の中でカウントを始めた。深海に潜るイメージで身体を脱力させて、一気にノンレム睡眠まで持っていく。  すぐ側にある発熱体を少し意識してしまったけれど、相手が伊織だからまあいいか、と俺は本格的に寝ることにした。
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