公演

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公演

 クラスメイト達と校内を練り歩いた時点で結構な注目を浴びたから予想はしていたけど、午後の体育館の集客はなかなかの人数となった。 「始まる前からこの人数だから、始まったら立ち見席も埋まるかもね。頑張っていきましょー!」  朱里がクラスメイト全員を前に声掛ける。部活の発表時間が被ったクラスメイトだけいないけど、出演者に欠席者はいないから問題なし。  クラス担任の浜田先生は一応、何かあったときのために舞台袖の奥に控えている。笑顔で「好きにやれ」と放し飼いスタンスだ。 「ただいまから、2年2組の公演、『マジックショー、ロミオとジュリエット、イン、マジックボックス』が始まります。観客席の皆様、今一度携帯の電源をお切りになるか、マナーモードにしてご着席下さい」  放送の後、ビーという開演の音が入り、閉じていた舞台の幕がスルスルっと左右に開いていった。  舞台の上は舞踏会場。背景の絵にはシャンデリアが描かれている。演劇部とダンス部のクラスメイトは、ポーズをとったまま動かない。ドレス姿も男装も、全部女子。普通に可愛い。 「むかしむかし、キャピュレット家とモンタギュー家という仲の悪い家がありました……」  朱里のアナウンスが入る。舞台の下にいる吹奏楽部と合唱部の音楽が始まった。同時に停止状態のポーズから舞踏会の面々が踊り出す。衣装を着たジャグリングのメンバーが、ジャグリングしつつ舞台を横切っていく。  華やかな始まりに、客席から「わぁ」とさざめくような声が聞こえた。掴みは上々。  合唱が終わるタイミングで、俺扮するロミオと上原さん扮する友人が登場する。 「ロミオ! 今日はキャピュレット家の仮面舞踏会だ! 今日一日は浮き世を忘れて楽しもう!」  男装した上原さんが低めの声を張るけど、普通に可愛い。 「ああ! 今日、僕に運命の出会いはあるだろうか!」  そこに入る、俺の野太い声。一生懸命声を出すけど、棒読み。だけど「そこがいい」と推された。客席から吹き出す声が聞こえる。  次に、伊織扮するジュリエットが登場。 「今日は仮面舞踏会! 素敵な人と出会えるかしら?」  ブハーっと、今度こそハッキリと客席から笑う声が聞こえた。目と目が合うロミオとジュリエット。180センチと175センチの出会いなので、160センチ台の女子メンバーから頭が一個ぶん飛び抜けている。お互いしか視界が合わない。  伊織のジュリエットもまた、地の声のままだ。京劇のような高い声を真似しても、台詞が聞き取りにくいから「そのままがいい」と推されてた。  ……シュール。でも、客席がざわめくほどウケているから無問題。 「ああ! あそこにいる素敵な人は誰だろう!」 「まあ! なんて素敵な人でしょう!」  棒読みの小芝居は続く。目元を隠すマスクしていて分かるのか?という疑問はさておき、背景の絵の幕が捲られ、場面展開。次はバルコニーの絵。舞踏会の面々が下がり、舞台はロミオとジュリエットだけになる。BGMはピアノ曲だけ。 「あなたの名前を教えて下さい」  俺は仮面を外す。客席がざわめいた。 「わたしの名前はジュリエット。あなたの名前は?」  伊織も仮面を外す。客席から「わぁっ」と声が上がった。 「僕の名前はロミオ。モンタギュー家の息子」 「まあ、なんということでしょう」  ここからBGMは転調。いきなりベートーベンの運命「ガガガガーン」という音が入る。 「わたしはキャピュレット家の娘。わたし達は(かたき)同士」 「待って下さい、ジュリエット! 僕はあなたを愛しています!」  客席がザワザワしていたけど、ここで演者が笑うと台無し。つられないよう、俺は顔を引き締める。 「わたしも!」  俺と伊織は、お互いの手を取り合う。掌の感触はごつくて固かった。  また、絵の幕が捲られて場面展開。背景の絵は、青空。ここでロミオとジュリエットは舞台左手の袖に消える。  舞台右手の袖から菊地さん扮する修道僧ロレンスが現れる。 「ジュリエット殿。仮面舞踏会の日から落ち込んでいると聞いております。何か、お悩みかな?」  厳めしい声音だけど、声が可愛い。  舞台左手の袖から伊織扮するジュリエットが一人で現れる。 「ああ、ロレンス様! お助け下さい」  ここでジュリエットの伊織は、修道僧の菊地さんの耳元に手をあてて、内緒話のポーズをとる。  修道僧は「ふむふむ」「なんと!?」「それはそれは」と言い、「わかりました。これをあなたに授けましょう」と、衣装のポケットから小瓶を取り出し、ジュリエットに渡す。 「これは何ですか?」 「仮死状態になる薬です。あなたは棺の中で眠りにつく。目覚めた後で、あなたはロミオ殿と再会出来るでしょう」 「まあ!」 「さあ、ロミオ殿に手紙を書いて」 「わかりました」  黒子役の二人がサッと舞台左手の袖から机を運んできて、ジュリエットは立ったまま羽ペンで書くふりをし、紙を四つ折りにして修道僧に渡す。  その間、舞台の幕が左右からそろ~っと閉じられる。背景の絵の幕は舞台左手の袖に片付けて、舞台右手の袖から手品の装置を運んできて所定の位置に設置。設置音をごまかすため、BGMの演奏は大きめだ。  設置し終えたら、舞台の幕がサーッと左右に開かれる。音楽がピタッと止まった。 「さ、ジュリエット殿。この棺に入りなさい」 「わかりました」  ジュリエットは机の横に置かれている足置きを登り、棺の中に座って小瓶の薬を飲むふりをする。客席から「飲んじゃダメー」と子どもの声が聞こえてきたのはご愛敬。  いそいそと棺の中に入って横たわるジュリエット。棺の蓋を閉める修道僧。  そこからレクイエムの演奏が始まる。俯く人々が舞台右手の袖から棺の前を通りすぎて行く。修道僧は行列の最後に着いて、舞台左手の袖に消える。  ここでまた、ベートーベンの運命「ガガガガーン」という効果音が鳴る。 「なんということだ、ジュリエット!」  舞台右手の袖から俺扮するロミオが一人で現れて、棺の周りをウロウロ歩く。  舞台左手の袖を見たら、道具係りが大きくマルのポーズをしてくれた。バックダンスを担当する女子の早着替えが終わったらしい。といっても、衣装の下にダンス衣装を着ていたらしいんだけど。 「僕もジュリエットと共に逝く!」  棺の蓋を開けて、俺は伊織の手を取り、手の甲にキスするふりをした。箱の中に人が入っていますよ~のパフォーマンス。客席から「キャー」という声が聞こえた。  手を元に戻して、俺は衣装のポケットから小瓶を取り出す。 「これは苦しまずに死ねる毒薬だ! 僕もすぐに君の下へ逝く! いざ!」  また、客席から「飲んじゃダメー!」という可愛い声と「シー! 静かにして」という親御さんの声が聞こえた。振り返ってウィンクをサービス。犯人は保育園に通っていそうな、ちっちゃい女の子だった。誰かの妹かな? また、「キャー」という声が聞こえた。こっちは多分、他クラスの女子の声。  小瓶の毒を飲むふりして、改めて足置きを登って棺の中に入る。思ったより伊織のドレスが横に広がっていたので、手で避けてから入った。この時点で、もう客席からクスクス笑い声が聞こえる。  横になってから「蓋、閉めないと」と気づき、俺は起き上がって棺の蓋を閉めた。客席からまた吹き出す声が聞こえた。  そこでまたベートーベンの運命「ガガガガーン」。 「おのれ、ロミオ! よくも僕の大切なジュリエットを死なせたな!」  舞台右手の袖からマジックショーのオリジナル人物が登場。井上さん扮する、ジュリエットに横恋慕する男。派手なパフォーマンスをするため、マントを身に着けている。  井上さんは台詞を言いながら、棺のサイドドアの外側ロックを外してくれた。内側のロックは既に外してある。嘆き節の台詞の間に、伊織と俺はサイドドアから箱の外に出て、階段を伝って机の後ろに隠れた。  スタンバイしたところで、メインイベントが始まる。 「ロミオ! お前を安らかに天国へは行かせない!」  ここで井上さんは棺の蓋を開けようとパフォーマンスをする。 「ええい! なぜ開かない! ジュリエットとロミオを同じ棺で眠らせるわけにはいかない! こうしてやる!」  井上さんは腰に下げた剣を手に持ち、箱の薄い紙の部分を刺す。  客席から「きゃー」「わー」という悲鳴が上がった。  ここからはマジックショーの曲が演奏される。 「さあ、ロミオとジュリエットが入った棺に、不逞の輩が剣を刺しました。果たして中の二人は無事でしょうか?」  マイクを使って朱里のアナウンスが始まった。 「おっと! ここに二本目の剣が登場」  舞台左手の袖から黒い衣装に着替えたダンス部が、躍りながら剣を持って登場。二人目、三人目と剣を持って現れていく。一人は井上さんに剣を渡した後、バク転した。ジャグリングメンバーがまた、別の種類のジャグリングをしながら舞台を横切っていく。バックダンサーが踊る中、マントをバッサバッサはためかせつつ剣を棺に刺していく井上さん。  カオスな舞台。ザワザワしている客席。 「さあ! 最後の一本も深く棺に刺さりました! 絶体絶命のピンチ! 中の二人はどうなっているでしょうか?」  外にいます。  ドン引きしてる客席を前にしても、司会の朱里はノリノリだ。  ここでまたBGMの転調。ベートーベンの運命「ガガガガーン」。  サッと舞台左手の袖に消えるジャグリングメンバーとダンス部。 「止めたまえ! ジュリエット殿の棺になんということを!」  舞台右手の袖から修道僧の菊地さんが現れた。 「こんなことをしてはいけない!」  そこで井上さん扮する彼が改心する。 「ああ! 僕はなんてことを! ジュリエットを傷つけるつもりはなかったんだ。許してくれ!」  その割には剣が刺さっている角度がエグい。舞台奥側に開いたサイドドアから箱の内部が見えるけど、ほぼ死角のない針山状態。 「おお、神よ。助けたまえ」  修道僧が祈ると、舞台右手の袖から鈴村さん扮する魔法使いが現れる。 「わたしは通りすがりの南の善き魔女。助けを求める願いを口にしたのはあなた?」  ザワザワする客席。  鈴村さんの魔法使いは「オズの魔法使い」の良い魔女がモデルらしい。 「はい。棺の中の二人を生き返らせて欲しいのです」 「わかりました」  無茶を言う修道僧に、あっさり頷く魔法使い。  曲調が明るく変わった音楽と共に、魔法使いの鈴村さんは次々と棺の箱から剣を引き抜く。  最後の一本が引き抜かれるのと同時に、俺と伊織は急いでサイドドアから棺の箱の中に戻った。棺の周りを回る魔法使いの鈴村さんがサイドドアを押し上げてくれるので、内側からロックする。開いていても支障はないけど。 「さあ! おまじないをかけましょう。そーれ!」  魔法使いが棺の蓋を開ける。  ジャジャーンという効果音と共に俺が先に立ち上がり、伊織の手を引いて立たせた。足元のドレスの衣装を踏まないように避けつつ。ついでに、伊織の髪にピンでつけたお団子がグラグラしていたから、手で押さえながら正面を向かせた。  客席からまた「キャー」の声。 「まあ、なんということでしょう。魔法使いの魔法で二人は甦ったのです」  朱里のアナウンスを合図に、舞台の左右の袖から出演者のクラスメイトがワーッと出てきて、客席に向かって全員で一礼。 「本日のマジックショー、ロミオとジュリエット、イン、マジックボックスの公演にご来場下さり、ありがとうございました」  締めのアナウンスと共に舞台の幕が左右からサーッと閉まる。  客席からパラパラと拍手が送られた。  幕が完全に閉じられた後、ワァッという歓声とザワザワする会話の音が聞こえ始めた。興奮は後からかな?  めちゃくちゃなストーリーだけど、反応は良かったみたいだ。
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