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「帰らないと……」
そう言い残し、柚木拓馬は失踪した。
◇ ◇ ◇
「あれ? 今日、柚木さんもシフト入ってませんでしたか?」
「入ってるわよ。……って、あら、珍しいわね。遅刻かしら?」
日曜日の朝、バイト先であるファミレスの休憩室に入るなり、そんな会話が聞こえてきた。
「おはようございます」
「あ、河野君、おはよう。こっちも珍しくギリギリだね」
「あはは、レポートがなかなか終わらなくて……」
「レポートかぁ。レポート大変だよね、ご苦労さま」
「あー、河野くん、そこの大学の学生さんだったわね。ウチの子、来年受験だけど……大学に進学してやっていけるか心配だわ~」
主婦の千崎さんは頬に手をあて、大きなため息をつく。同じ大学生である俺と佐々木さんは、苦笑いを浮かべる。
「あっ、そうだ。河野君、柚木さんから何か連絡きてない? まだ来てないんだけど……」
「連絡ですか……来てなかったですよ。……って、何で俺に聞くんですか。そういうことは店長に連絡するでしょ」
「さっきまでここに店長も居たのよ。でも何も言ってこなかったから、たぶん知らないと思うわ」
「それなら河野君かなって。ほら、河野君、柚木さんと仲良いでしょ」
「まあ、そうですけど……。そういった連絡は貰っていないですね」
たしかに俺、河野隆治と柚木拓馬は仲が良い。だからといって、バイトを休む連絡を俺にしてくることはないだろう。
拓馬さんは真面目な人だから、こういった連絡をなあなあにすることはないと思うけど、まだ店の方にも連絡してこないのは妙だな……。休憩室の時計に目を向けると、そろそろ開店準備を始める時間だ。いつもなら、誰よりも早く入っている拓馬さんが率先してホール掃除に向かっている頃合いだ。
「みなさーん。開店準備始めるよ。……あれ? 柚木は来ていないのか?」
休憩室に顔を出した店長が、ここに拓馬さんの姿がないことに気づき、怪訝そうに首を傾げる。どうやら、まだ連絡はきていないようだ。
いつもと違う空気を感じながら、俺たちは席を立ち、ホールに向かった。
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