帰らないと

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 俺の疑問に拓馬さんは「ああ」と小さく頷く。 「隆治は、この集落の儀式のこと全く知らなかっただろ。それは、これまで集落の人間が一切口外してこなかったから。でも、厳しい罰則だけで人の口に蓋ができると思うか? 普通は無理だよね。でも、この集落の儀式は外どころか中にいる子供たちにさえ漏れ伝わることがなかった。それはどうしてだと思う?」  たしかに、そこは不思議だった。秘密というのは、その内容のインパクトが大きければ大きいほど誰かに話して、その衝撃を共有したくなる。ばらされた方の立場だが、俺にも経験がある。それに、衝撃的な秘密の暴露だけでなく、被害を受けた子供や儀式に疑問を持つ大人が訴えるために暴露するなんてこともありえる。今は、SNSなどで簡単に情報を拡散できる時代。そういった行動はいくらでも可能なはずだ。それなのに、口伝えの噂どころかネット上でもこの儀式の話を目にしたことはなかった。 「楔は住民を土地神の支配下に置くためのもの。土地神や儀式を神聖視させ、疑心や嫌悪を思考から排除させる。そして、外部の視線から土地神を隠すために、言葉に封をする。だから誰も土地神や儀式を否定しない。誰にも話さない。子供の頃に酷い目にあっていてもな」 「でも、結婚とかで大人が外から集落に入ってくることはあるでしょ。ほら、拓馬さんを助けてくれた人とか。その人は儀式を否定したんだよね」 「ああ、そうだな。けど、そういった人たちも間接的に土地神の支配を受けているんだ」 「どういうこと?」
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