帰らないと

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「自分の気持ちに気づいてから、世界が明るくなった気がした。それまで嫌な記憶しか残っていなかった俺の人生に、隆治という希望ができたから。……けど、隆治との時間が増えるごとに怖くなっていった。このまま隆治との関係が深くなれば、自分を抑制できなくなってしまいそうで……。俺は、この集落で生まれ育ち、土地神の支配を受けている。隆治を一度でも抱いてしまえば、あの日の大人たちと同じになってしまいそうな気がしたから……」  拓馬さんが泣きそうな顔で、俺を抱きしめる。 「怖かった……。怖かったけだど、隆治を離したくなかった……」  拓馬さんの話は恐ろしかった。そして、悲しく苦しいものだった。  拓馬さんが俺を抱こうとしなかったのは、過去のトラウマのせい。そんな拓馬さんの葛藤を知り、胸が苦しくなる。それなのに、それを喜んでいる自分もいるのだ。拓馬さんの葛藤は、俺を大切に想い、愛してくれていたから生じたもの。それが嬉しかった。拓馬さんの苦悩を目の当たりにしているのに、こんな感情を抱いてしまうのは非情なことかもしれない。けれども、今の俺にはそれを隠すことなどできず、俺自身も拓馬さんを求めて抱きしめ返した。すると、背中に回されていた拓馬さんにの腕に、ぐっと力がこもった。  ああ……、俺の想いは一方通行ではなかったんだ。  互いの体温がそれを強く実感させ、胸の奥にあった蟠りがすっと消えていく。  このまま、この安らぎに身も心も委ねていたかった。それなのに、俺の心には、すでに不穏な気配が顔を覗かせてはじめていた。  ――それは些細な矛盾。
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