帰らないと

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「……んあっ……、うぅ…………やめ……」  身体に絡み付く無数の黒い手。俺は影から与えられる感触に悶え、抵抗をする。  黒い影に覆われた俺たちは引き離され、囚われた。  影に浮かぶ目は、触れてしまいそうなほどの距離から俺を見つめてきた。品定めするみたいに隈なく、じっとりと舐めるような視線で。  しばらくそうやって眺めた後、影に浮かぶ目はニヤリと細められた。その異様な不気味さに身を震わせた瞬間、影の塊から伸びてきた細い影によって、俺の服は引き裂かれた。  本当に一瞬の出来事だった。まるで紙を破るみたいに簡単に引き裂かれ、理解が追いつかないまま俺は一糸纏わぬ姿にされていた。  そして、それを合図に、影が一斉に襲いかかってきた。  いつの間にか、黒い影は不安定ながら人の形を形成していた。俺に伸びる細い影も、五本の指を持った人間の手の形をしている。しかも、一つの塊だった影は、数人の人の形をしたものに分裂していた。  数を増やし、伸びてくる黒い影の手。その全てが俺の全身を弄ってくる。  執拗に乳首を弄び、強く弾き、掴む手。触れるか触れないかという繊細な動きで肌の上を滑らせ、反応を愉しむ指先。そうかと思えば、肌の質感を堪能するみたいに、惜しみなく撫でつけてくる手。  一つの塊で一つの個だと思っていた影には、確実に複数の個性が存在していた。触り方、手の質感、それらがそれぞれ異なっている。  今、俺は複数の人間の手によって全身を愛撫されている。  誰とも分からない手に触れられる感触は、ただただ気持ち悪い。それが得体の知れない存在なのだから尚更だ。  ゾワゾワと全身を這う嫌悪。……それなのに、俺の身体は与えられる感覚に反応し、意思とは無関係に快楽を享受していた。
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