帰らないと

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「た、拓馬……さん……」  震える声で拓馬さんに呼びかける。  野生味溢れる荒々しい容貌で、仁王像のような逞しい身体を聳えさせる巨大な影。不気味な赤黒い両目は、獲物を狩る獣のように鋭い眼光で俺を見続けてくる。  影は、その場から一歩も動かない。それなのに、ジリジリと迫ってくる強い威圧感を全身に感じる。 「……助けて。助けて、拓馬さん……。助けてぇ……」  一度は拓馬さんの身を案じておきながら、逃れられない強大な恐怖を前にすると、全力で保身に走ってしまう。愚かで情けなくて、身勝手だとも分かっているのに、俺は拓馬さんを助けるどころか助けを求めてしまっていた。 「…………う……」  声が届いたのか、倒れる拓馬さんの指先が僅かに動いた。  それを見逃さなかった俺は、意識を揺さ振るように拓馬さんに呼びかけ続けた。 「…………た……か……はる……」  ゆっくりと身体を起こした拓馬さんが、掠れた声で俺の名を口にする。 「――拓馬さんっ! よかっ……え……?」  重圧に潰されそうな空気を押し返す歓喜の声をあげる。が、歓喜は儚く散っていった。 「……たかはるぅ~」  ぐるりと首を捻り、俺の方に顔を向けるなりニタリと笑う。 「えひひぃぃいぃ……たかはるぅ~……」  普段の落ち着いた印象からは想像できない狂った笑い声。  身体を不規則に揺らし、にじり寄ってくる不気味な動き。 「…………た……拓馬さん、その身体……大丈夫……?」  異常な挙動を見せる拓馬さんの身体には、痣のような黒いシミが至る所に浮かび上がっていた。それが最初目にした広がっていく影の様子と重なり、言いようのない不安が襲いかかる。おそるおそる声をかけるが、拓馬さんは俺の声など聞こえていない様子で、挙動を止めることはなかった。
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