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「……俺だってあんな事件のあった場所だって分かっていたら、全力で止めたさ」
「……どういうことですか? 店長、知っていたんじゃないんですか?」
佐々木の強い口調に、十歳近く上の店長がたじろぐ。
「実は……、この事件のことすっかり忘れていたんだ」
「…………え?」
「店長だけじゃないわ。私も綺麗に忘れてたのよ」
「……でも、妙な感じなんだ。何て言うか、忘れていたって言うよりも、ピンポイントでこの事件のことだけ記憶から抜け落ちていたみたいな……?」
「店長もそうなの⁉ 実は私もなのよ」
つい今し方、饒舌に事件のことを語っておきながら、数日前は記憶の片隅にも残っていなかったと言う大人たち。言い訳のようにも聞こえる言い分に、佐々木は怪訝そうな顔をする。
「河野くんが住所を見せてくれた時、何か引っ掛かるものがあったのに、全然記憶にもないって感じで、自分の記憶なのに変な感じがしてたの。それが、二、三日経って急に記憶に湧いて出てきたの。ネットや古い雑誌で調べ直したとかじゃなくて、本当に突然。当時、見聞きした記憶が鮮明に甦ったの」
「何だろうな。固く蓋をしていた瓶の蓋が突然開いて中身が飛び出てきた……って感じ」
「でも、住所見せてもらった時に気になったら、ネットやなんかで調べません? 私だったら気になってすぐに調べますよ。地図だったり、どんな感じの場所だ……とか……」
二人を責めていた佐々木が、何かに気づいたのか突然口を閉ざした。
「……私、なんで何も調べなかったんだろう。河野君が行くって言った場所、気になっていたのに……。今の今まで、地名も忘れてた……」
手に持っていたスマホを見つめ、佐々木は青ざめる。
スマホの画面には、集落で起こった事件の記事や掲示板などが連ねられた検索結果が表示されていた。
地名を検索しただけで、画面いっぱいに羅列されるほどの情報量。知ろうと思えば、簡単に知ることができるはずだった。なのに、それをしていなかった現実に、佐々木は言葉をなくす。
共通して起こった断定的な記憶の喪失。休憩室の三人は、言葉には出さないが異様な空気を感じていた。
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