帰らないと

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「ああ、暴れに暴れた翌日、心不全で。といっても、暴れたとか死因はネット掲示板の情報だから真偽は不明けど、犯人が獄中死しているのは事実だ」 「…………」 「それでさ、これはまた別の話しなんだけど、俺の大学の同期にその集落出身だっていう男と付き合っていた女性がいたんだ。その彼氏さんが、犯人が亡くなった数日後くらいから執拗に帰ってみないかって誘ってきたらしい」  話の流れに不穏な気配が漂いはじめ、佐々木と千崎は息をのむ。 「彼女はもちろん拒否してたんだけど、あまりにしつこいから、俺たち同期を何人か誘って肝試し感覚で集落に行くことになったんだ。俺たちも事件に興味があったし、もう当時は無人の集落になっていたから、良いかなって」 「えっ、無人なんですか、その集落」 「そうだよ。事件の後、残った人たちは集落を出たらしい。で、行くには行ったんだけど、そこ空気がヤバかった……。田舎独特の空気っていうか、なんか気味が悪かった。何よりヤバかったのが、同期の彼氏さんだった。最初は、すごく腰の低い感じで、それこそ柚木みたいなタイプに見えたのに、集落に入った途端、急にテンションがおかしくなったんだ。久し振りの故郷だからかとも思ったけど、そうじゃないんだ。集落を進むごとに、彼氏さんの言動がおかしくなって、人前なのに平気で同期にセクハラ紛いのことをしはじめたんだ。それで、もうヤバいだろってなって彼氏さんを男連中で引きずって集落を出た……んだ……」  記憶をたどり、淡々と語っていた店長。しかし、ふと我に返り、手で口元を覆い、言葉を詰まらせた。 「…………俺、何でこんなこと忘れてたんだ……? 自分が体験したことだっていうのに……」  話題を変えたはずが、再び同じ場所に戻ってきた。そのことに気づいた瞬間、暖房が効いた休憩室に異様な冷たさを伴った空気が吹き抜けた。  人知を超えた何かしらの存在を否応なしに感じる事態に、三人は押し黙る。そして、これ以上この話題を口に出すことはしなかった。  河野隆治と柚木拓馬の消息は不明のまま、この事件のことは人の記憶から消えていくことになる……。 【終わり】
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