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その頃の私は……
「もう、無理!!!!」
と大泣きしていた。
はじめの一週間は順調にいっていた。
他の名優さん達は各々の仕事に戻っていた。
しかし渋谷 滉平だけは野田監督に、
「おまえの撮影は、かなり録り溜めてるんだろ?」
と言われ、私と共にレッスンをする羽目になってしまっていた。
演技力は……こう言っては何だが、渋谷 滉平より私の方が上回っていた。
「滉平!そんなんで、よくオーディションに受かったわよね?」
「うっせー!!英美里!今に見てろよ!」
そう。
私達は互いに《滉平》《英美里》と呼び合う仲になっていた。
そうやって順風満帆だった私に、私としては難題である課題が野田監督から降り掛かってきた。
それは『恋愛』ストーリーの演技。
私は小学5年生だが恋というものをした事がない。しかもラブストーリーには興味がなかった。
付け加えれば、そのストーリーは妹が兄に恋をするという設定。
滉平は19歳。
兄と言われたら兄とも言えるが、あまりにも歳が離れている。
そういう事で私の演技はズタボロだった。
一方、滉平は恋愛経験があるのかないのか知らないが、○○Zライダーの主役であり子供から、その母親までを虜にしてきたからか、恋愛の演技は自然体で私が滉平の足を引っ張る形になってしまっていた。
特にキスシーンなんて……
滉平の顔が近づく度に平手打ちにしていた程である。
「ほう……等々、音をあげたか?それじゃ子役は諦めるんだな?」
野田監督はニマニマしながら私に、そう問い掛けた。
「いやです!!」
私は泣きながら、そう返答した。
「キスの一つも出来ないくせにか?」
「……時間をください。私なりに勉強しますから」
「勉強……ね?いいだろう。私も自分の仕事があるんでね?残りの5日間は自由にしたまえ。6日後、テストだ。そこでダメだったら子役を諦める。それでいいな?」
「はい!ありがとうございます!!」
私は泣き止み野田監督に礼を述べた。
その光景を、滉平は真剣な眼差しで黙って見つめていた。
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