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「真乙を知っているのか?」
「黙れ。二度と穢れた口でその名を呼ぶな」
この男、目が見えているだけ。耳が聞こえるだけ。それだけだ。木の精はそう確信した。
見えたもの、聞こえた音に感情を持つことはない。嬉しく思ったり、傷付くことはない。
今だってそうだ。男は少し前に首を吊って死のうとしていたのだ。死を望んでいるはずなのだ。それなのに、死が近づいてることに嬉しく思うことも、死に怯えることもない。
ただ、何も見えない目で、何も聞こえない耳で、何も考えない頭で、何も感じない心で、起こっている事実に身を任しているだけ。波に流され続けているだけ。
「……僕のこと、守ろうとしてたんじゃ」
小さくも甲高い声が男の頭上から聞こえた。頭は自由に動かせる。男は声が聞こえた木の上を見るが、何も見えない。月がまた雲に隠されてしまって辺りは真っ暗だ。
「そうだった。すまないなキジムナー。恥ずかしがり屋に声を出させるまで気付かないとは……怒りとはどうしようもない」
しゅるしゅると音を立て、男を絞めあげていたガジュマルの枝は元の位置に戻る。自由になった男の肌は樹皮が擦れた複数箇所から出血している。男は痛がる様子も構う様子も見せずに、その場に棒立ちのまま。
「わしはここらの木々を見守る木の精。動くことなく大人しく静かにく木々や人々を見守る妖怪。だが、わし個人の恨みでお前だけは許せない。さっさと死ねと思っている。だが、ここで死ぬのは許さない。友であるキジムナーの住処をお前如きの血で汚すな。お前の死に場所はあの城のみ。あの場所を血で汚せば、他の者が住みづらくなる」
「それは願いか?」
「……そういうことにしてやろう」
男は首を上に向け、月を見る。時間としては数秒足らず、木の精やキジムナーにとっては一瞬にも満たない短い時間。
ただ、その短い間に男は考えを変えた。改めたとも言える。
「民の願いを叶えるのが私の役目、だった。だったのだ。もう過去のことだが……そうだな、最後にその役目を果たすのは悪くない」
「甥への、現王への当てつけか?」
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