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「まさか、私は現王のことが大事で大好きだ。真加戸も同じように私を思っていることを知ってる。当て付けるようなことは何もない」
「本心を言え」
「本心でしかない。信じられないのなら信じなくてもいい。私と現王が知っていれば、それだけで十分だ」
木の精は男の言葉を聞いて、反射的に否定の言葉が出てきた。
「現王がいなければ、お前は玉座にふんぞり返ったままだったと言うのに?」
「そう。その通り。私には不釣り合いだった。王になってすぐ、玉座の価値がわからなくなった。どうでもよくなった」
男はそれ以上は言わなかった。
どうして玉座の価値がわからなくなったのか。木の精はそれを聞き出そうと男に問い続けたが、男は決して答えを言おうとはしなかった。
男の意志の硬さに折れた木の精はぶすくれた顔のまま、ふわりと姿を消す。
キジムナーは相変わらず隠れたまま。
男の目には、木々と月明かりだけが映っている。木の精が声を荒らげる前の、ただの静かな森に戻ったのだ。
「これで最後だ。心して聞け」
姿は見えないが、木の精の声だけが男の耳に聞こえてくる。
最初の時や、ガジュマルの木を動かした時のような怒りを含んだ大きく興奮した声ではない。少ししわがれた、聞いてる者を落ち着かせるゆっくりとした声だ。
「わしの願いは、お前の死。それもただの死ではない。酷く苦しみながら死ぬことだ」
落ち着く声だが、内容は男の死を願っている。
「どれほど苦しもうが、娘の苦しみには程遠いだろう。わしをいい意味でも悪い意味でも変えた大事な娘の苦しみに加担した者を許すつもりはない。お前だけではない。皆が、悲惨な死を迎えることを心より願っている」
男は姿の見えない木の精に対して頭を下げる。
「最後ぐらいは自分で選びたいと常々思っていた。あなたの願い、空添がしかと叶えよう。越来城で酷い死を迎えることを約束する。あなたが、私の死を目に焼き付けられるように善処する」
何本ものガジュマルの根が土から這い上がり、複雑に絡み合う。意識して歩いていなければ足を取られ転んでしまうだろう。
だが、男は下を向かずとも、足元を意識せずとも、決して足を取られることはない。
生まれ育った自然豊かな小さな島で、兄と追いかけっこをして育ったのだ。ガジュマルの根など意識せずとも避けて歩くことが出来る。
「人魚となった、か……真乙のことだ、人魚になったら色々と吹っ切れていることだろう。そうなっていることを、願いたい」
男の独り言を木の精は聴き逃した。だが、キジムナーは聞き逃さなかった。
キジムナーはいつか男の独り言を木の精が大切にしている娘に聞かせてあげよう。恥ずかしくとも、自分の口で娘に伝えたい。娘の生前ではあるが、一度は会ったことがあるのだ。もう一度会ってみたい。そう思いながら、隠れていたガジュマルからやっと離れ、男と反対方向に歩き出す。
今は、まだ適してはいない。娘が少し落ち着き、そしてキジムナー自身も娘の前で話せるようにならなくては。キジムナーには退屈するほど、時間があるのだ。
キジムナーにとって、初めて願いができた特別な日となった。
そして、男は十五夜の日からあまり間を開けず、木の精の願いを実現させた。
越来城からは血の匂いが取れず、男の霊がさまよって、城に入るものを呪い殺す。そんな噂が経ち、廃城となった。
木の精の願いは、しかと叶えられた。
男も最期を選ぶことができた。だが、男の死を悲しむものは、迎えの時を待ちさまよう霊も含め、この国にはたった一人しかいなかった。
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